ディズニー映画『ベイマックス』を通して悟ったこと2つ

ディズニー
引用元:漫画版『ベイマックス』より

2014年に公開されたディズニー映画『ベイマックス』、何回見ても泣ける。

悟ったことが2つあるので、思いつくまま書こうと思います。

※以下、映画のネタバレ含みます。ご了承の上お読みください。

タダシじゃないとつくれなかった

今回(10回目くらい?)映画を見ながらふと思ったのですが、知能面・技術面だけ見たら、ヒロでもベイマックスを作ることはできたかもしれないですね。

「スーパーキャパシタの方が充電が早いよ」とか言ってるから、ある意味もっと良く作ることもできたかもしれない。

けどやっぱり、ベイマックスはタダシしか作れなかったんだと思う。

タダシの「人を助けたい」思いの強さは、火の中に勇敢に、躊躇せず飛び込む姿から分かる。

どうしてタダシがそこまで人を助けたいと思うのか?

残念ながら映画ではそこまで書かれていません。

もしかしたらヒロとタダシのご両親は、何かの病気で亡くなって、それ以降タダシは人々の健康に対する目が開かれたのかもしれないとか、色々想像しちゃう。

とにかく、「人を助けたい」というタダシの思いの塊がベイマックス。

漫画版『ベイマックス』では「俺の最高傑作だ」とまで言っています。

漫画版『ベイマックス』より

※ちなみに漫画版『ベイマックス』はこちら(Amazon)から購入可能です。

「人を助けたい」という強い思いから生まれたベイマックスは、まさにタダシの分身のような存在ですよね。

タダシの熱い思いが込められているのを見ると、やっぱりベイマックスはタダシにしか作れなかったんだろうなと思います。

これと同じく、人間もやはり神様じゃないと創造できなかったんだろうなと思います。

「どうして自分こんなんなんだろう」とか思う時あるけど、何か目的と意図があってこう造られたんだろうなとか考えると楽しいです。

目的通りにまっすぐ生きるベイマックスの姿がかっこいい

ベイマックスが、創造主タダシの意図を非常に忠実に守り、自分の目的通りにまっすぐに生きる姿は本当にかっこいい。

「思わず抱きしめたくなる私の姿が台無しでは?」というセリフからも、自分の体形の意図をはっきりと分かって尊重しているベイマックスの心が分かります。

ロボットだから心はないはずだけど、心があるかのように行動する姿がまた愛らしい。

自分の命を顧みず、ヒロとアビゲイルのために自ら犠牲になるシーンは、毎回涙なしには見られないです。

このようにこうだ。

ベイマックスは必要だから作られた。そしてベイマックスは自分が作られたその目的通りにまっすぐに生きる。

更にヒロによってアップグレードされ、ヒーローとなって様々な事故や事件からみんなの命を守るようになる。

ただのケアロボットじゃなくて、文字通り人々の心も体も守るケアロボットになった。

私たち人間も、創造主神様の目的通りにまっすぐに生きれば幸せ。

そしてベイマックスがアップグレードして更に目的のためによく使われるようになったように、私たち人間は神様の御言葉を聞いて、自分を更に作ってアップグレードして、神様の大きな目的のために生きる。

神様の大きな御心、夢を一緒に成していく喜びを享受して生きる。

素晴らしい人生を神様は設計してくださった。

目的と意味なしに生まれた人はいない。どんな人でも、みんな必要だから神様がお造りになった。

だから自分の価値にもっと目を覚まして、神様の目的通りに生きよう。

そんな悟りをくれた映画『ベイマックス』、かなり深いです。

会員たちはぜひとも全員見てほしい。

そうじゃなくても普通にベイマックスがかわいいから見てほしい。

結論、

ベイマックス最高すぎる。

この記事を書いた人
こころ

2015年8月に適応障害の診断を受け、2019年2月から1年1か月休職し退職。
自分の心理を分析しながら、心の傷を癒していっています(^^)
キリスト教福音宣教会会員として神様の愛を学びながら、自分と他人を愛せるように頑張っています☆
ディズニー大好きで、特にベイマックスが大好き!
ベイマックスのハッピーライドに乗りたい。
(詳細については↑の「”こころ”」をクリック☆)

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