キリスト教福音宣教会の創始者である鄭明析(チョンミョンソク)牧師(以下「先生」)が他の人と違うところはいろいろありますが、その中でも今回は私が最近気づいたことを書きます。
先生は自分の成功談を話される際、必ず「神様がしてくださった」「だから神様はすごい」というふうに神様を証します。
もちろん「自分はこれだけ努力した」という話もされますが、最終的には「それによって神様はここまで栄えるようにしてくださった」というオチに結びつきます。
何が言いたいかというと、自分が栄光を受けるよりも神様が栄光を受けるように話すということです。
成功した人を見ると「私はこのように栄えた。成功した」という話はします。
成功したノウハウ本を出している方もいらっしゃいますよね。
けど、神様を証する方は少ない印象です。
宗教の話題に敏感な世の中の風潮を受けて意識して話さないようにしている方もいらっしゃると思いますが、先生はそういうのを気にせずに神様の話をされるよな、と最近気づきました。
人間なら多かれ少なかれ承認欲求があります。
成功したりちやほやされたりすると天狗になりやすい心理もあると思います。
けど、先生は自分が受けるそういう誉も褒め言葉も、自分でとどめずに神様に流す(パスする?)印象があります。
そこがすごいなと思います。
私だったら「自分がすごい」と天狗になりますが、先生はそれをせずに「神様すごいでしょう」と別方向にドヤるので「この方は承認欲求がないのか?」と思うこともしばしばです。
これは予想ですが、先生の場合承認欲求は神様とイエス様に全振りしていて人間には求めていないように見えます。
元々は自殺未遂をしたことがあるほどご自身のことを嫌っていましたが、修道生活を経て神様の愛を悟ってからは、先生は正常に自分のことも愛せるようになり、精神的に非常に健康だなと思います。
だからこそ自分が栄光を受けるのではなく、神様に帰せるのかなと予想します。
神様を信じているとしても、承認欲求が人間に向いている人、満たされなくて飢えている人には難しいと思います。
先生はやはり最高に神様オタクです。
私は未だに自分が自分のことを認めてあげられないことが多く、承認欲求も人に向いてしまうことが多いので、先生のような精神をもちたいです。
先生はいつも「私も最初はできなかったけど、あなたたちもやればできる」と教えてくださるので、私も神様の愛を学んでいけばできると信じて、続けて自分をつくっていきます。
ファイトだ~!


