自分の位置探し

信仰の経緯

最近、教会の友達と「自分の立ち位置って大事だね」という話をしました。

例えば、自分は文系なのにバリバリ理系の会社に勤めて内容的にも理系の仕事をするとなると結構つらいと思います。

体験談なので本当にそう思います。

自分は上智大学の英文学科卒、大学院も国際関係論卒なのに、新卒で入った会社がIT系でSEとして入社した人です。

根性論で「勉強すれば行ける!!」と思っていましたが、1年経っても仕事内容に全然興味が持てなくて撃沈して転職しました。

これ以外にも例えば数字が苦手なのに経理の仕事をする、接客が苦手なのに接客業のアルバイトをするなど、いろいろなパターンがあると思います。

自分の個性に合った自分の位置って大事ですよね。

もちろん社会に出たら苦手でもやらなければならないことは山ほどあります。

ただ、それがメインの仕事になると自分もつらいですしミスも増えますし周りも迷惑で、誰も幸せになりません。

誰にも得が一つもないので、自分の個性の位置って結構大事だと思います。

個性に合っていて能力を発揮できれば、自分もやりがいを感じますし周りも「ありがとう助かる」という幸せが生まれますが、そうでないと本人も周りもつらいです。

詳細は書けませんが、仕事でいろいろあって「個性の位置に立つことの重要性(というか必要性)」を感じることが多いです。

自分も「個性の位置」を守りたいと思いますが、そのためには自分の個性含め位置がどこなのかを知る必要があることに気づきました。

教会を移籍しました」という記事に書いたとおり移籍したのですが、移籍先の教会でどのように活動するかをお祈り中です。

そうしたら、友達との対話の中で「自分の位置が大事」と気づいたり、御言葉でも「自分の位置」という言葉がよく出てきたりしました。

この流れを通して、「自分の位置を見つけること」が最近の自分の信仰の課題なのかなと感じています。

今まで13年以上信仰生活をする中でやってきたことや使命を洗い出す作業もしてみたのですが、結局よく分かりませんでした(笑)。
(大きく三つに分類はできたものの「結局根幹はなんやねん…!?」という状態です…)

自分のことなのになと思いつつ、自分が自分を理解することが難しいですね。

特に私は自分の能力を過小評価してしまったり他人から評価をもらえるところに行ったりしてしまうところもあるので、過小評価をせずに正しく自分を見て自分が心から「やりたい、個性に合っている」と思える位置を見つけたいです。

引っ越しもありますし最初は教会に慣れることが優先なので、まず肉的な環境を整えつつ探そうと思います。

せっかく時間も労力も投資するなら、神様にとっても周りの人たちにとっても自分にとっても有益を残したいです。

最後に、位置といえば『魔男のイチ』、イチのぬいもほしいので位置もイチぬも探します。

ヒプノシスマイクにハマってから韻踏みにハマっているオタクの韻踏み遊び(もはやダジャレ)でした。

すみません。ラップって楽Cーけどつくるのは難Cー!!!

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