人にあげたものが返ってきた話

信仰の経緯

神様と一緒に生きる生は、本当に面白い。

日々そう感じることがとても多いです。

 

無神論者だったKokoroがこういう風に、

神様のことを考えて過ごすようになったこと自体が

今改めて考えると不思議な感覚だけれども。(笑)

 

最近よく話がずれるので、無理矢理本題に入ります。←

 

ここ数日、とても不思議なことがありました。

その名も題名の通り

「人にあげたものが自分に返ってくる」現象

です。

 

礼拝後の帰り道、あるメンバーと会い、駅まで一緒に帰りました。

久しぶりの対話だったので最近の話を聞いたら、もがきながら

仕事も霊的な使命(教会での仕事など)を頑張っていたようでした。

 

話を聞きながら感動を覚えて

一緒にファミマに寄って、チョコクッキーとチャイティーを

買ってあげました。

(Kokoroは甘いのは苦手なので、チャイティーだけ買いました。

結局甘かったのはドンマイということで、気にしないw)

 

すると不思議なことに

職場の人からチャイティーをもらい

また別の人から、その日メンバーに買ってあげて

自分には買わなかったチョコクッキーをいただきました。

 

神様は行った通りに報いてくださると学びましたが

本当にいつもKokoroのことをご覧になっているし

投資した分、倍にして返してくださるんだなということを

深く悟る時間になりました。

 

マタイによる福音書6:30-34

きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。

だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。

これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。

まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。

だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

 

自分が見返りを求めてしたわけではなくて

感動があったから、神様がこの人にしてあげたいんだなと思ったから

神様の体になって、その愛を目の前のメンバーに伝えたくてやったこと。

その<愛>が天に届いたことを教えて下さったようで

「受け取ったよ」と言われているような感じがして

もらった「もの」よりも、何よりも、「神様の愛のプレゼント」が

一番嬉しかったです(⋈◍>◡<◍)。✧♡

 

神様と聖霊と主に会うためには、「真心」を込めなければならない。

<聖三位と主が願うこと>をして差し上げることで 天に対面するようになる。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

神様と対面する生活。

一緒に暮らす生活。

これからも、日々挑戦していきます!(^^)!