ありのままの自分を出すことが怖い

闘病の経緯

最近、向き合っていること。

大分マシにはなってきたけど、「あぁ、やはり<ありのままの自分>をさらけ出すのが怖いんだな」って思うことがたくさんあります。

自分の中で整理したいのもあり、今回は「ありのままの自分を出すのが怖い」という自分の心理状態について書きます。

この記事を書くようになった経緯

自己開示してもいい」という記事にも書きましたが、私は自分の話をするのがとても苦手です。

色々原因はあるんだろうけど、やはり根本は「嫌われるのが怖い」「否定されたらどうしよう」ていう不安から来ているのかなと思います。

今通っている就労移行支援センターでは、週に1回、担当の職員の方との面談の時間があります。

どんな時に落ちてしまうのか、嫌なことは何なのか把握して、またそれに対処する力を身につけるために色々話します。

でも私はなかなか思うことが言えません(^▽^;)

その時に気づきました。

相手からどんな風に思われるか分からなくて怖いし、「馬鹿にされるんじゃないか」とか思っちゃって、「自分を出すのが怖い」と思っている自分がいるって。

すごく具体的に話すと、この前面談で「何かストレス発散法はありますか?」と聞かれました。

その時私は「ディズニーが好きなので、ディズニー映画とか見たりしてます」って答えました。

まぁそれもウソではなくて本当なんですけどね。

でも、最近の1番のストレス発散法は「ベイマックス(ぬいぐるみ)と遊ぶこと」でした。

流石にそれは恥ずかしくて言えませんでしたw

すべての人にすべてをさらけ出す必要は全くないとは思います。

けれど、どうしても一線引いてしまうというか。心の底から人を信じることができないというか。

そんな自分に、何故か私はモヤモヤしました。

就労移行支援センターに通い始めてもう丸2か月が経ちましたが、この2か月間、私は自分がディズニー好きだということも何となく人に知られたくなくて、ずっとバレないようにこそこそしていました。

担当の人にもやっとこの前話したって感じです。

やはり、人が怖い。

人を恐れるようになったのは、小学校や中学校のトラウマもあるのかなと思っています。

人を怖がる原因―小中学校での妬まれ事件

私は、小学校の初めから成績が優秀な方でした。

スポーツ得意じゃなかったし、絵もそんなに上手くないし、特別に何かが秀でているわけではなかったから、何か自分の個性を見つけたいと思ってたのかもしれない。

人より何か秀でているものが欲しいと思ってたのかもしれない。

中学時代は、単純に部活をやっていなくて超暇で、趣味が勉強みたいな感じだったことは大きい。

それに勉強は、やったらやった分だけ成果が見えて、面白かったんだと思う。

そしてテストの点数が良かったら、先生たちから褒めてもらえるし、喜んでもらえたから。

母親も、他のママたちに「こころちゃんすごいね~」と言われて、ちょっと誇らしげにしているように見えたから。

姉が勉強嫌いでテストの点数とかひどくて、親によく怒られていたのを見て、「勉強がよくできる=怒られない」という方程式が自分の中にできていたのもあると思う。

とにかく私は、怒られたくない恐怖心と、認められたい一心で、必死に勉強だけは頑張っていました。

そのおかげで、小学校でも中学校でも成績がとても優秀でした。

でもね。

私が勉強できるのを面白く思わない人たちもたくさんいました。

小学校の時、親に無理矢理塾に通わされている子から「どうして塾行ってないのにそんな頭いいの?」と言われ、すっごく妬まれました。

中学校の時も、親から「良い学校に行きなさい」と強要され、塾に通っている子に妬まれ、疎まれました。

すごくたくさん努力して勉強しているから、その結果が成績に反映されているだけなのに、「こころちゃんは頭良いから」で済まされて、まるで私が努力しなくても良い成績取れるかのように言われたこともありました。

幼かった私はその言葉を聞いて、まるで自分の努力が否定・無視されているかのように感じて、とても傷つきました。

勉強できなかったら、きっと父と母は怒るし、でも勉強ができても友達から嫌われるし、私はどうしたらいいの?私にどうしろというの?

どうしたらいいのか分からなくて、何度も泣いたことがあります。

それ以来、妬まれるのが怖くて、「よくできる優秀な自分」のことも、さらけ出すのが怖くなりました

今通っている就労移行支援センターでもそうです。

「すごい」とか「できるんだね」とか言われると、妬まれるんじゃないかって思って、すごく怖くなってしまいます。

だから「よくできる優秀な自分」のこともさらけ出せないし、逆に「できない自分」も「こんなこともできないの?」と思われるのが怖くて、表に出すことができません。

板挟み。

「変わってるね」と言われた言葉が頭から離れない

ありのままの自分を出すことができない理由はもう一つあると思います。

それは、生涯ずっと「変わってるよね」って言われ続けてきたこと。

親からも言われるし、友達からも言われるし、教会の人にも言われます。

「ズレてる」とか「不思議ちゃん」とか「天然」とかもよく言われます。

昔から、「普通の子」扱いされたことがない気がしますw

でも自分では何がズレてるのか分からなくて、どこが変わっているのかよく分からなくて。

ずっと言われ続けているので、これはもう隠せない部分だと割り切ってはいるものの、やはり「ありのままの自分を出す」と「変な子だと思われるんじゃないか」と不安で、怖いです。

最後に

色々書いてきましたが、掘り出してみると色んなことが絡まっているんだなと思いました(;^_^A

うーん、にしてもトラウマから来ている部分が大きそうですね。

御言葉では、トラウマに対してどのようにおっしゃっているのでしょうか?調べてみました。

自分にある欠陥の部分、 または刺激による脳の反応であるトラウマをなくすためには 繰り返し脳を訓練させなければならないが、 御言葉を聞いて 自分の考えを変えて 努力しなければならない。

植物も肯定的な言葉をかけてあげ、 愛の波長を送った植物が もっと長く、元気に生きる。 このように、脳も物体だということを忘れてはならない。

あなたのトラウマに関連する 反対の言葉を脳に注入することで 一次的に治療することができる。 これが考えを変え、 脳をほぐすことだが 考えを変えるためには 絶対に祈りが基本だ。

自分がまず 自分のトラウマを見つけて 神様に祈り、治そう。 難しいように思えるが 実際は難しくない。 反復と訓練だ。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

トラウマに関連する反対の言葉を脳に注入する」、「祈り」の2点ですね。

試みて、実践してみます…( ;∀;)

この記事を書きながら、ふと、もしかしたら「なんでもオープンに自分のことを話せる人」に憧れてる、もしくはそのような人にならなければならない、みたいな概念があるのかな-と思いましたが、それについてはまた今度書きます。

いつかエルサみたいに「Let it go!!(もういいわ!!)」って、吹っ切れたらいいですけどね(笑)

この記事を書いた人
こころ

2015年8月に適応障害の診断を受け、2019年2月から1年1か月休職し退職。
自分の心理を分析しながら、心の傷を癒していっています(^^)
キリスト教福音宣教会会員として神様の愛を学びながら、自分と他人を愛せるように頑張っています☆
ディズニー大好きで、特にベイマックスが大好き!
ベイマックスのハッピーライドに乗りたい。
(詳細については↑の「”こころ”」をクリック☆)

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