生まれて初めての避難所-台風19号の被害

日常生活での経緯

台風19号、なんとか日本を過ぎ去りましたね。
いつもこのブログを読んでくださっている皆様、ご無事でしょうか…??

まだ川の氾濫で避難されている方、水が引かず救助を待っていらっしゃる方、行方不明の方…
まだまだ台風の爪痕といいますか、問題は続いていますね…。

今回の大型台風。
こころは初めて、避難所へ避難するという経験をしました。

今まで、幸運にも大きな自然災害の被害に遭ったことがなかったため、様々考えさせられました。

ちなみに311の東日本大震災でも無事でした。
家にいたのですがそんなに何か物が落ちたり、命の危機を感じたりするようなことは起きず、家族も全員無事でした。
多少の停電程度で済み、日常生活にそこまで大きな支障が出ることはありませんでした。

今回はさすがに木曜日あたりに危機感を感じ始め、停電や断水に備えて急いで色々買いました(^◇^;)

台風直撃の12日土曜日、当日も朝は普通に教会に行ってお祈りして、帰ってきました。
午前中に急いで窓やドア対策をし、家にあったすべてのありとあらゆる入れ物に水を貯め、断水対策も万全に。

午後、いつもより雨風強いなー程度で「意外と大丈夫かも?」なんて、恥ずかしながら呑気に考えながら引きこもっていました。

しかし、私が住んでいた地域では、夕方頃に近くの川が避難判断水位に達し、その区全域に避難勧告が発表されました。

「…3階だから大丈夫だろうけど、これ避難所に行った方がいいのかな?」

生まれて初めて感じた「日常生活が崩壊する危機」に、どうしたらいいか分かりませんでした。

そんな時はとにかく祈り。笑
祈るとなんとなく避難所に行った方がいい気がしてきて、ますます焦りました。

既に台風らしい雨風になってきていたので、外に出るのも躊躇したのです(^◇^;)
避難所の様子も分からないし。

感動を受けつつ、同じ区内に住んでいる教会のメンバーのお姉さんに連絡して情報をいただき、
雨風がますます強くなる中、2時間くらいどうしようどうしようと迷ってました。
今思うと迷いすぎw

家にいない間に何か起きる(物が飛んできて窓ガラス割れるとか)のが1番不安で、家を空けるのもためらってたのてす。

しかし、いつまでうだうだしていたらいよいよ外に出られなくなる。
ということで、御言葉で答えをもらおうと思い御言葉ノートを開きました。

そしたらなんと、「速くやれば易しくできる。遅くやるともっと大変で困難になる」というような内容の御言葉が出てきて
「行きます!!!_:(´ཀ`」 ∠):」
と神様に断言して、急いで準備して避難所に行きました。

避難所に行ってみると、体育館を埋め尽くすくらい、多くの人が集まっていました。
私は幸い、近所に住んでいるメンバーが同じ避難所に来ていたので、その人の近くにいました。
多くの人がいる中、会えたのは本当に感謝感激でした(;o;)

防災訓練くらいでしか体験したことのなかった、自然災害による不安・恐怖。
まさか自分が本当に体験する日が来るとは、恥ずかしながらも正直、夢にも思っていませんでした。

「いつ帰れるんだろう」
「無事に明日を迎えられるのだろうか」
「万が一何かあったらどうしよう」

様々な思考が浮かぶ中でも、私はまだ神様を信じていて、祈れるということが非常に心強く、支えになり、希望になりました。
だから不安もある一方で、祈れば祈るほど心は平安になりました。

結局23時頃、雨風が落ち着いたので自宅に戻ったのですが
避難所にいた人たちを思い浮かべながら、また祈りました。

「命の損害だけはでないようにしてください」
「被害が最低限におさまるようにしてください」

神様を知っている自分が祈らなければ。
もちろん最大限神様は命を守ってくださるけれど、自分が他の人の分も願い求めなければ。

最初は何か飛んできて怪我する可能性があるから、聖霊様が「避難所に行きなさい」と感動をくださったのかな?と思いましたが
帰ったら窓も割れていないし全くの無傷で、何も問題ありませんでした。
家は3階だから、たとえ氾濫が起きたとしても浸水の可能性は低い。
自宅にいても、よかったんだと思います。

自宅のベッドで寝転がりながら、また今この記事を書きながら、どうして避難所に行く感動をくださったのか、考えました。

分からないけど、祈らせるためだったのかもしれない。

避難所で見た光景。
広い体育館で、お年寄りも小さい子どもも大人も皆、配布された同じ毛布に寝転がり、配布されたクラッカーを食べながら、各々の位置で時間を潰す姿。

1日経った今も、忘れられません。

「当たり前」が「当たり前」ではないということを、頭をガンと打たれたように、衝撃的に脳に突き刺された感覚がありました。

「当たり前」のように生活して、「当たり前」に対して感謝してこなかったことを、心から悔い改めました。

皆が平安で、命が守られて過ごせるように
もっと切実に祈らなければならない。
「当たり前」だと思わないで、どれだけ神様がいつも食べ物も水も住むところも与えてくださって、「生かして」くださっているのか。

もっと深く悟って、深く感謝する生を生きていきたいです。

そしてこれ以上被害が出ませんように、続けて祈ります。