『アナと雪の女王2』公開を前にして

ディズニー

全世界でアナ雪旋風を巻き起こしたディズニーの名作の一つ、『アナと雪の女王(Flozen)』。

 

続編がいよいよ今週末、日本でも公開されますね(^^)

 

『アナと雪の女王2』の公開記念として、各地のマルイでは、イベントをやっているみたいですね(^^)

 

有楽町マルイのみポップアップストアをオープンしているのと、公開記念オブジェがあるそうです(^^♪

知らずにたまたま行ったら遭遇しましたw

ポップアップストアの商品、色が可愛すぎてついついマルチポーチを買ってしまいました(*´ω`*)

写真だと分かりにくいですが本当に色が綺麗!!

 

別のマルイではこんな可愛いしかけ(?)があり、どのマルイでも楽しめる感じでした☆

 

一昨日の金曜ロードショーで前作が放映されましたが、Twitter見ていたら反応がすごかったですね(^◇^;)

「アナのためなら」「ピエール瀧」といったキーワードがついたツイートの量に驚きました(^^;

 

私は今月頭に初めて前作『アナと雪の女王』を観ました。

 

ハロウィンの時期にディズニーランドに行ったら、アナ雪の仮装をしている人がものすごくたくさんいて、「そんなに良いなら観てみたいなぁ」と思ったのがきっかけでした。

(旋風が巻き起こっていた時は全然興味を持ちませんでしたw)

 

元々私はじっと座って2時間近く何か映像を観るという行為が苦手というか耐えられない人で、映画を観るのは全然全く好きではありません(ー ー;)

歌やダンスがあければまだ耐えられるけど、でもやっぱあまり好きじゃない。

なのに「観たい、観たいー!!」と強く思うようになりました。

「これは聖霊の感動なのか?肉体の欲なのか?」と思い悩んだのですが、祈るとやはり「観たい」という思いが強くなり観ました。

 

観てみたら本当に聖霊の感動だったようで、

見終わった後ガチで30分間大号泣。

 

「エルサァァァァァァァ。・゜・(ノД`)・゜・。」ってなりました。

 

どんなや。というツッコミが聞こえて来るのでこれから具体的に書きます。

 

最後だけではなくて、映画の途中でもちょいちょい笑って泣いてたのですが、とにかくエルサが人に怯え、自分の力に怯える姿が自分に重なりまくり、まるで自分自身の姿を見ているような気分になりました。

 

昨日カウセリングを受け、先生と話しながら気づいたのですが、私は「人を生かす人、人を傷つけない人になりたい」という信念を持っているようです。

皆が笑って暮らせる理想世界、痛みや苦痛がない世界、つまりユートピアが小さい頃からの私の夢でした。

ユートピアを作るには人が傷ついたり悲しんだりしてはいけない!という発想というか思考回路から来ているようですが、とにかく

「人を傷つけるのが怖い」

という思いが人一倍強いみたいです。

 

まぁ、人を傷つけることで人から嫌われて孤独になることを1番恐れているんだろうなて気はしますが。つまり自己防衛。

 

どのみち「(自分のせいで)人を傷つけるのが怖い」と恐れおののき、また人との関わりを断つ教育を受ける中で、心の扉と実際の自分の部屋の扉を閉めてしまったエルサの姿に、超同感。

「雪だるまつくろう」の後半から早速泣き始めました。笑

 

病気の自分の姿に当てはめて見ても、父親から”Don’t feel.”(字幕版を見たので日本語のセリフわからない。すみません)と言われ続けていたエルサが、感情をコントロールしようと頑張る姿も刺さりました。

まさに私はこの”Don’t feel.”を無意識のうちに行なって生きてきたので今とても困ってます、はい。

また改めて詳しく書きたいと思いますが、「嬉しい」とか「悲しい」とか「怒り」とか、あらゆる感情を殺して生きてきたので、まず自分の感情を把握することが難しい。

そして感情を把握してもどう表現していいかよくわからないm(_ _)m

 

“Don’t feel.”つまり(ここでは感情を)感じるなって言い聞かせているエルサを見ながら「そんなことしたらダメだー!」と言いたくなりました。

 

少し話がそれましたが、続いてお待ちかねの「レット・イット・ゴー(Let it go)」。

1回目の大号泣。

 

押し込めていた本当の自分。

最高の個性とも言える魔法の力。

「良い子でいなければならない」と強いられてきた環境や状況。

すべてから解き放たれて歌うエルサの姿は「このように心自由に解放されて生きたい」と思わせるような力があったように感じました。

 

人間は多かれ少なかれ、何かに縛られながら生きていると思います。

まず人生の時間が限られているし、食べないといけないし、寝ないといけないし、お金を稼がないといけないし、洗わないといけないし。

日本は特に世間体や周りの目、暗黙の了解で強いられる「〜でなれけばならない」という固定概念とか強いし。

だから時には夢を諦めないといけなかったり、お金がないからって進学を諦めたり。多くの人がそういう経験をしたことがあるのではないかと思います。

 

本当はそんなんに捉われたくない。

本当に自分がやりたいことを追い求めたい。

そのような心に刺激を与える歌詞の”Let it go.”

だから日本だけではなく、世界中でヒットしたのかなぁと、映画を観て漸く少し理解できました。

 

実際私も「エルサのようにありのままの自分を解放したい…!」という強い思いに駆られ、映画を観てから3週間近く経つ今でも”Let it go.”を歌うエルサの姿が忘れられません。笑

 

一番大切な、たった唯一となってしまった自分の肉親アナを傷つけまい、と自分がアナから遠ざかることによって彼女を守ろうとするけど、実はその<拒否>が一番アナを傷つけてしまっているという悪循環も涙を誘う。( ;_;)

 

愛でなければ目的を成すことができない。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

御言葉そのままですね。

アナの命をかけた真実な愛の行ないによって魔法もエルサの凍った心も解けてハッピーエンド、という展開に2回目の号泣をするこころでした。

 

『アナと雪の女王』を観てから、「自分の本音って何だろう」「押し殺してきた自分の本当の姿って何なんだろう」と、自分自身について深く考えるようになりました。

 

「学校でも家でも、そして今職場でも、正直教会の中でも『優等生』『良い子』を演じてしまう私の過去と今の生き方から脱出したい。」

そんなことばかり考えている今日この頃です。

 

<愛>は「全ての問題を解決」する。

<真の愛>は変わらない。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

そんな時に宣布された御言葉は、愛についての御言葉でした。

ものすごくはしょって超簡単に一言で核心を言い表すと、「愛しかない!」

といえるような御言葉でした。

 

愛、といっても異性的な愛ではなくて、神様への愛、主への愛、人間への愛、万物への愛…その中でも、まず先に神様を愛すること。

 

そして、自分を愛すること。

 

気づけばとことんとにかく自分をひどく責め、全否定しまくっている…なかなか愛せない自分自身のことを愛してあげた時、許してあげられるようになった時、

エルサのように本当の自分を受け入れ、自由になれるのかもなぁと

この記事を書きながら思いました。

 

向き合うことからずっと逃げてきた自分の本音。

他の人のために生きるのではなく、自分のために生きる時を

私も迎えているのかなぁ。

 

エルサのようにLet it go~できますように。

おちというかまとまりがないですが、今日はこの辺で( ^ω^)・・・

 

最後まで読んでくださりありがとうございました☆