聖書の読み方②と『白雪姫』、『ベイマックス』

ディズニー

こんにちは(/・ω・)/

 

ディズニーを通して聖書を楽しく学ぶ「ディズニー×バイブルスタディー」、第4回です☆

 

今回は<聖書の読み方②>を『白雪姫』と『ベイマックス』を用いて解説します(@^^)/

 

 

聖書の読み方②

あれ?”②”ってことは①があるの??

はい、あります。

①はこちらの「歴代ディズニープリンセスから学ぶ<聖書の読み方①>」をご参照ください。

 

 

①では、聖書が書かれた何千年も前、当時の<時代背景>を考えながら読むというポイントをお伝えしました(*^-^*)

 

 

 

では②は何でしょう?

という説明の前に、まず聖書を読んだことがある方は分かると思うのですが、読み方とか何も考えずそのまま読むと、よく分からない!!!(/ω\)

 

 

難しいのです。

とにかく意味が分からない

だから読みにくいのだと思います。

 

 

①で見たように、今回もまずは聖書の不思議な箇所を確認していこうと思います。

 

 

聖書の不思議な箇所その1

出エジプト記23:28

わたしはまた、くまばちをあなたの先につかわすであろう。これはヒビびと、カナンびと、およびヘテびとをあなたの前から追い払うであろう。

 

この箇所は、モーセがイスラエル民族を引き連れてエジプトでの奴隷生活を抜け出した後のシーンです。

色々あって戦っているのですが(アバウト)、神様は「くまばち」を送るとおっしゃっています。

 

 

 

全知全能な神様が本気で味方してくれるなら、本当にはちを送って終わりにするのか(?_?)?

 

 

聖書の読み方②:<比喩>を解く

聖書を読むんだったら、詳しく読みなさい。聖書を解く方法、いくつかありますが、まず、比喩が解けなければならない。比喩を解く。時代性で解く。そして、時で解く。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

実は聖書には、<時代背景>以外にも意識して読むべき大事なポイントがあります。

 

それは、「比喩で書かれているということをわかって読む」ということです。

 

詩編78:2

わたしは口を開いて、たとえを語り
いにしえからの、なぞを語ろう。

 

マタイによる福音書13:34-35

イエスはこれらのことをすべて、譬で群衆に語られた譬によらないでは何事も彼らに語られなかった。これは預言者によって言われたことが、成就するためである、「わたしは口を開いて譬を語り、世の初めから隠されていることを語り出そう」。

 

旧約、新約聖書両方を読んでみても「譬」で語ってるよ~んというのが、はっきり書かれています。

 

 

この<比喩>が何を示しているのか?

これがわかると大分聖書は読みやすくなります(;’∀’)

 

 

 

では、比喩はどうやって解くのでしょうか?

 

 

 

牧師先生は、「聖書の中に答えがそのまま書いてある場合と、聖書を読んで結果を考えれば分かる場合とがある」と教えてくださいました。

 

 

 

「聖書の不思議な箇所その1」でとりあげた聖句は、後者の解き方で解けます(=^▽^)σ

 

 

さっそく確認してみましょう。

 

 

 

出エジプト記の後に、ヨシュア記という書物があります。

ヨシュア記を読んでみると、なんとヒビびと、カナンびと、ヘテびとと戦っているのはヨシュアの軍隊。

 

 

くまばちじゃないじゃん(゚ω゚)

 

 

 

戦って敵を倒したのは、ヨシュアとヨシュア率いる兵士たち。

結果を見ると、文字通りのくまばちをさしておっしやったことではないことがわかります。

 

 

 

実は、出エジプト記に出てきたくまばちというのは比喩で、ヨシュアの軍隊を喩えたのでした。

 

 

 

では、どうしてヨシュアの軍隊をくまばちに喩えたのでしょう?

 

 

ここでまた御言葉を確認してみます(^^)

神様と聖霊様と御子は人間が「三位の言葉」をよく分かるように、<人間が使う単語と言葉>を使い、<人間が使う存在物>を使って話される。

一番話が上手な人は<相手がよく使う言葉、相手がよく理解できる言葉>を使い、<相手がよく使う存在物>を使って話す

人間は「神様が創造なさった万物」を毎日使って生きる。だから「万物」を使って話せばよく理解する。 だから神様と聖霊様と御子は<ご自身が創造した万物>を「比喩」で見せて、話される。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

何かについて説明するとき、特徴が似ているものを例に挙げながら、説明した経験ってありませんか?

意外と<比喩>って、普段の会話の中で使っている気がします(;’∀’)

 

 

聖書も同じです。何かを指すとき、特徴が似ているものをたとえとして使って説明しているのです。

 

「これと同じくこうだ」。AとBの法則や特徴が同じだから、AをBの譬えとして用いているわけです。

 

<比喩>を使って話せば、万国共通だし、何千年後の人々でもわかりますもんね。

 

このように「時」と「場所」を越えて通じる<言葉>を使って話すことで、6000年後の人間たちにも、真理をわかりやすく伝えようとされていたということです(^^♪

 

神様は優しいです( ;∀;)

 

 

 

<比喩>をどうして使うのか、はっきり悟りなさい。

 

誰かが<直接言葉>で「あなた、怠けている」と言ったら気分が悪いし、心情も痛めつけられ、よく悟ることもできない。

だからといって<文章>や<手紙>を書いて「あなた、怠けている」と直接的に伝えたらもっと気分が悪いし、心情が痛めつけられるばかりだ。

夢でも現実でも「それに適切な比喩」を使って見せてあげてこそ、自分が自ら悟って是認し認めるようになります。

 

<比喩>は「鏡のような役割」をする。だから「自ら見ることができないもの、見えないもの」を見るようにする。

「あなた、顔がだいぶ焼けた」と直接話しても、自分の顔は「鏡」なしには見ることができないから理解できず、実感できず、どきっとするほど分からない。

この時「鏡」で見せて「あなたの顔がだいぶ焼けた」と言ったら、「本当だ! 完全に黒く焼けてしまった!」と認める。

これと同じく、<比喩>は「鏡」になって、見ることができず、見えなかったものを見るようにし、分からなかったことを感じて分かるようにする。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

 

「ヨシュアの軍隊」を「くまばち」に譬えたのは、ただなんとなく気分で決めたわけではありません。たまたまはちが目にとまったからでもありません。

特徴が似ているからです。

 

どんな軍隊が勝利するようになるのか、現代の私たちにもはっきりと教えるためだったんですね。

 

「はち」の特徴と聞くと、何が思い浮かびますか?

 

 

 

これは一部の特徴ですが…たとえば、

・「はち」は女王バチを中心にしてなっている組織。

⇒ヨシュアの軍隊も、神様を中心とした組織!

・仕事がないはちがいない、みんな役割がある。

⇒ヨシュアの軍隊も、みんな役割があった!

 

 

こんな感じの特徴が共通していたから、「くまばち」に譬えられました。

「くまばち」について調べれば調べるほど、比喩の絶妙さが伝わってくるので、気になる方は「くまばち」で検索してください(笑)。

 

 

 

優れた組織力、仕事がない人がいないといった特徴が似ているからくまばちに喩えて、ヨシュアの軍隊をわかりやすく後世にも伝えてくださっているんですね(o^^o)

 

 

以上、「聖書の不思議な箇所その1」でした。

 

まだまだ続きます。

 

 

 

聖書の不思議な箇所その2

詩編80:8

あなたは、ぶどうの木をエジプトから携え出し、
もろもろの国民を追い出して、これを植えられました。

詩編80:12-14

あなたは何ゆえ、そのかきをくずして
道ゆくすべての人にその実を
摘み取らせられるのですか。
林のいのししはこれを荒し、
野のすべての獣はこれを食べます。
万軍の神よ、再び天から見おろして、
このぶどうの木をかえりみてください。

 

二つ目の不思議な箇所は「ぶどうの木」。

なんか苦しんでますね。

 

ぶどうの木に何かが起こっているけど、よく分からない。

 

 

よく分からない時は、「<比喩>で書かれているんじゃないか?」と疑問を持つことが大事だそうです。

 

イザヤ書34:16

あなたがたは主の書をつまびらかに
たずねて、これを読め
これらのものは一つも欠けることなく、
また一つもその連れ合いを欠くものはない。
これは主の口がこれを命じ、
その霊が彼らを集められたからである。

 

聖書にバッチリ書かれているとおり、「つまびらかに」、つまり「細かく」「詳しく」読んでみると、比喩の答えが聖書に書いてあります。

 

先に説明した聖書の解き方、前者の方法ですね♪( ´▽`)

 

 

 

では今回とりあげた聖句の答えの箇所を確認してみましょう。

 

ホセア書10:1

イスラエルは実を結ぶ茂った
ぶどうの木である。
その実を多く結ぶにしたがって、
祭壇を増し、
その地の豊かなるにしたがって、
柱の像を麗しくした。

 

はい、ここにばっちり答えが書いてありました!

ぶどうの木=イスラエル民族ですね。

 

 

このように置き換えて詩編を読むと、苦しんでいたのは<イスラエル民族>だったということがわかりますね。

つまり、詩編に書かれていた内容は、<イスラエル民族>についてのお話でした。

 

 

 

これがわかると、読みやすさが全然違いますよね(;^_^A

 

聖書の比喩を見るときのポイント

創世記49:9

ユダは、ししの子。
わが子よ、あなたは獲物をもって上って来る。
彼は雄じしのようにうずくまり、
雌じしのように身を伏せる。
だれがこれを起すことができよう。

 

創世記49:14

イッサカルはたくましいろば、
彼は羊のおりの間に伏している。

 

創世記49:27

ベニヤミンはかき裂くおおかみ、
朝にその獲物を食らい、
夕にその分捕物を分けるであろう」。

 

 

代表として3つだけ挙げましたが、創世記49章には、こんな感じで<人の名前+動物の名前>の表記が12人分記載されています。

 

え?人の名前なの?「ユダはししの子」とか書いてあるけど、ユダって動物の「しし」の子どもじゃないの?

 

 

違います(/ω\)

 

 

これも全部「比喩」です。

 

 

人もね、ありますよね。「うさぎみたいな人」とか「おおかみのような性格の人」とか。特徴を見て、その特徴を持つ動物に喩えられます。

 

 

 

このように、聖書の比喩は<人間>を譬えているものが多くあります。

 

 

 

「比喩っぽいな」と思ったときは、まず人間に当てはめてみるといいかもしれません。

 

 

 

ただし、訳がわからない箇所は全部<比喩>かというと、必ずしもそうではなく、「比喩」と「象徴」と「文字どおり」、3通りに書かれているため、分別が必要です(-_-;)

 

私は聖書を 600 回、700 回読むまでは文字通りに信じていた。…しかし 700 回を超えたときからは聖書のたとえの御言葉と、象徴の御言葉と、文字どおりの御言葉を区分して悟るようになった。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

 

 

ディズニー映画にたとえると:『白雪姫』

ディズニー長編アニメーションの原点、アニメーション映画の歴史を変えた『白雪姫』。

 

 

既に私がこれから言わんとしていることに気づいてる方もいらっしゃるかと思いますが、ちゃんと説明します。

 

 

 

『白雪姫』と言えば、「鏡よ、魔法の鏡よ…」が思い浮かぶでしょうか。

今回はまさにそれを言いたいのですw

 

『白雪姫』の女王 引用元:https://www.disney.co.jp/fc/villains/character/queen.html

 

 

「世界で1番美しいのは誰?」という女王の問いに対して答える魔法の鏡のセリフが、まさに比喩ですよね。

 

 

「唇は赤いバラ。髪は黒々と輝き、肌は雪の白さ」

 

 

 

これ文字通りだったら人間じゃなくないし怖いw

 

 

 

赤いバラのように真っ赤で美しい唇、

黒々と輝く美しい髪、

雪のように白い肌。

 

言わずもがな、誰もが隠喩だとわかりますよね。

 

 

 

でも聖書はまさか比喩で書かれているとは思わないし、知らなくて文字通りに読んでしまう。

 

 

 

私自身この読み方を教えていただくまでは、聖書読むと訳わからなすぎて、読みながらついつい寝てしまってました(^◇^;)笑

 

 

 

でも、このように比喩で書かれていることがわからないと、こんなことが起きてしまいます…

 

 

 

たとえがわからないとどうなるか。

これはもう愛しの『ベイマックス』の出番です。

 

 

比喩がわからないとどうなるか:教えて『ベイマックス』!

ディズニー映画『ベイマックス(“Big Hero 6”)』を見ると、主人公ヒロとベイマックスの対話が時々成り立っていませんw

 

引用元:作品情報|ベイマックス|映画/ブルーレイ・デジタル配信|ディズニー公式

 

 

たとえば、マイクロボットが増幅されていた秘密の建物において。

ヒロがベイマックスに驚かされて、「心臓が止まったよ!」と言ったら、ベイマックスはロボットなので言われたまま捉えてしまいました。

 

 

 

なのでベイマックスはヒロのセリフを聞いて、AEDを発動させようとしたんですw可愛いw

ベイマックスにはAEDが搭載されているので、発動させようとしたらヒロが慌てて「もののたとえだよ!」と必死になって止めました。

このやりとりが可愛いですよね。

 

 

 

他のシーンでは、ヒロが初めてベイマックスに戦闘用スーツを着せたとき。

 

ベイマックスの最高の瞬間 #9

 

「クールだよ!」

というヒロのセリフに対し

「涼しくありません。ロボットですから」

 

 

 

そうだよねぇぇぇぇ可愛いぃぃぃぃ。

 

 

…はい、すみません。

 

 

 

言いたかったのは、会話が成り立っていなくてすれ違っているということです。

 

 

比喩がわからないと訳のわからない対話というか対話が成り立たなくなってしまいます。

 

 

これは人間と神様との間でも同じです。

 

 

 

聖書を通して神様は私たちに必要な事を話してくださるけれど、私たちは比喩だと分からなくて、言わんとしていることを察して差し上げることができない…

まるでヒロとベイマックスのような謎の対話になってしまいます。

 

 

聖書の読み方をちゃんとわかって読んでこそ、神様と対話ができるようになりますね( ;∀;)

 

 

まとめ

ディズニー×バイブルスタディー第4回、いかがでしたか?(^o^)/

 

問題も聖書に、答えも聖書にあります聖書を詳しく読んでみれば、問題の前後に答えがあります。

その出来事について聖書に書いてある時は、その問題について話してすぐに答えを与える場合もあるし、終わるころに答えを与える場合もあります。

聖書を難しく思いがちですが、そうではありません。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

先生がおっしゃってるように、聖書は読み方がわかると結構楽しいです。

 

 

聖書の読み方をまとめると、

 

①その書物が書かれた当時の時代背景を考慮する

 

②<比喩>で書かれているから、解いて読む

 

この2点がポイントです☆

 

 

 

どうして<比喩>で書いたかというと、全世界、いつの時代でも通じるしわかりやすいからです。

 

 

他にも<比喩>を用いた理由は色々あるのですが、長くなるので今回は割愛します(;^ω^)

 

 

 

「聖書、前読んでたけど難しくて読むのやめちゃったなぁ…」という方、今回紹介したポイント2点を抑えながら、もう一度読み直してみてはいかがでしょう?(*^^*)

 

 

 

といいつつ、独自で読むより教えてもらいながら読む方が断然読みやすいのは否めませんが(´;ω;`)

 

 

 

少しでも聖書を楽しく身近に感じていただけたら幸いです♪

 

 

また次回、思いついたら書きまーす(=´∀`)人(´∀`=)