見えなくてもそばにあるもの

信仰の経緯

曇り空を見て思いました。

「太陽、見たいな」

Kokoroは自覚が今までなかったのですが

太陽が好きみたいです。

実家の自分の部屋が、家の中で一番陽当たりが良かったり

出かける日は大概晴れていたり(風は強いので強風女です)

なんやかんやで、太陽に愛着を持つようになりました。

編集の仕事をしていると、外に出る機会があまりなく

いつも建物の中から、キラキラ輝く太陽の光を見つめるだけ。

少し寂しいというか、どうしても太陽の光を浴びたくて

お昼休みに、外に出て散歩に行きました。

公園があったので、日向にあったベンチに座って

太陽と一緒にお昼ご飯を食べました。

「温かい、嬉しいな」

どんなに暗い雲に覆われていたとしても

どんなに冷たい雨に見舞われたとしても

どんなに見えない日々が続いていても

太陽は変わらずそこにある。

人間の側が「見えない。太陽はどこかに行ってしまったのかな」と思ってしまうだけで

太陽の熱さは、太陽の存在は

決して変わらない。

このように。

辛いこと、目の前の問題、自分の考えに覆われて

「見えない。感じられない。私は見捨てられたのかな」

そう考えてしまうのは人間の勝手な考えで

神様の愛は、神様の存在は

変わらない。

特徴が似ているから

神様を太陽に喩えるんだよと

教えてくださった鄭明析先生の話を思い出し

神様の愛に、たくさん包まれて

癒された濃厚な休み時間でした。笑

太陽の光

愛を、感謝を、どんな状況や環境の中にいても

いつも忘れずに生きていきたいです。