人間が「完璧」になる方法

仕事での経緯

人は1人では完全にはなれない。

今日、仕事をしながら衝撃的に脳に響いた言葉です。

以前にも書いた通り、根っからの完璧主義のKokoroにとっては
あまりにも大きな気づきでした。

完璧主義の人って、人に頼らない人が多いのではないかと思います。
(あくまでKokoro個人の見解です)
1人で全部最初から最後まで抜かりなくやった後に
その成果を見せたがる気がします。

でも、それでは所謂ノーミス的な完璧って不可能なんだなと
仕事を通して痛感しました。

どうしてか。
1人では限界があるからです
知識的にもそうだし、技術的にもそうだし
人それぞれによって観点も異なるから
自分では気づけないことは、他者の目を通して見ないと気づけない。
だから1人だと限界があるし、完璧を達成するのは難しい。
少し考えれば当たり前のこの事も、脳が凝り固まっているから気づかなかったのです。

そもそもどうして人間は不完全なのか。
特に、変わりやすいこの心が。
鄭明析牧師自身も疑問に思ったそうで、以前このように仰いました。

全知全能なる神様と聖霊様と御子は、アダムとエバがサタンにやられて堕落することを重々(じゅうじゅう)、重々、重重々(じゅうじゅうじゅう)、分かっていながらも、どうして人間を絶対者として完全に創造なさらなかったのでしょうか?????
人間が完全でないことで互いに憎み、争い、戦い、戦争することを重々、重々、重重々、分かっていながらも、どうして人間を完全に創造なさらなかったのでしょうか?????
三位一体は全知全能だから十分人間を完全に創造できたはずなのに、どうしてそのようになさらなかったのでしょうか。みんな気になって、訊いてみたかったでしょう。
鄭明析牧師の説教より抜粋

はい、本当に気になります(°▽°)笑

牧師先生か神様からもらった答えは以下でした。

人間を初めから絶対者として完全につくっておいたら、自分がつくってそうなったのではないから、三位一体の愛もちゃんと分からないし、その愛の価値もちゃんと分からないし、三位一体の心情も分かりません。だから一緒に生きても、情もなく、御心もありません。ただつくってあげるだけにするなら、ロボットと同じです。

家や財産をただ与えたら、もらった人はくれた人の「恩恵」も分からず、その「価値」も分からず、自分の主観通りに生きていきます。「一緒に」苦労してつくってこそ、互いに通じ合い、話し合う経緯(いきさつ)があります。もし、三位一体が人間を絶対に完全な者に創造したなら、人間が絶対者と「一緒に」自分の肉と霊を再創造していく過程を知らないから、経緯がなくて、三位一体と通じません。
だから、創造主神様と聖霊様と御子は、人間と一緒に人間の肉を通してその霊を絶対者のような完全な霊につくり、愛の対象体につくって、天国で価値を持って生きるように、創造なさいました。つまり、人間を完全に創造できたけれども、そのようにしないで、人間が神様と聖霊様と御子と一緒につくっていくように創造なさったということです。
鄭明析牧師の御言葉より抜粋

「一緒に」。
つまり人間は、そもそも単独では完璧、完全になれないように創造されているということですね(^◇^;)

霊的にはもちろんですし、
肉的にも周りと調和しながら一つになる時に
完全に行なえるように創造されている。
つまり「1人でできるもんっ」では完璧完全を成すことは
法則に反しているから不可能ということです。

完璧主義を打ち砕く御言葉ですね(^◇^;)笑

誰かと一緒にやった方が、楽しいし思い出もできるし、
メリットもたくさんありますもんねぇ( ˊ̱˂˃ˋ̱ )

この記事に同感された方
脳の体操と思って、切り替えてみることに挑戦してみてはいかがでしょうか?(*^o^*)

Kokoroも頑張ります〜(^ω^)笑