人生初の救急車

日常生活での経緯

Helloです。

今日は何となく英語にしてみましたw

全く意味はありませんw完全に気分です。

 

 

先週投稿した記事「一つのことに集中する①」にチラッと書いたのですが、先日、人生初の救急車を体験してしまいました。

 

 

できれば一生お世話になりたくなかった。

 

自分じゃなくて他の人のために救急車を呼んだことは仕事中に一度あったのですが、自分のために呼んだことと、救急車に乗ったというか運ばれたことは人生初でした( ;∀;)

 

 

何が起こったかというとですね。

 

夜中の2時頃、急激にお腹が痛くなって目が覚める。

トイレに行ったらめちゃ下痢っぽい。

ベットとトイレを行き来する。

寒気がとまらなくてぶるぶるする。

吐き気と寒気とお腹の痛みが半端ない。

1時間半くらいもだえ、寝ようとしても寝られなくて、涙出てきて「無理」ってなって救急車を呼ぶ。

4時頃病院へ運ばれる…。

 

 

って感じで戦っていました。

 

 

病院ではとにかく暖かくしてもらって、血液検査やお腹のレントゲン検査をしてもらいましたが、特に何も見当たらず。

分かってみたらコロナとかではなく、生理によってきた下痢症状とお腹の痛みだったようです(-_-;)

 

 

でも四捨五入して約30年、こんな症状になったのは生まれて初めてで、生理痛だということに気づけませんでした。汗

元々痛みは酷い方ではあるんですけどね(;^_^A

 

 

ネットで調べたら、生理中の下痢やそれに伴う寒気、腹痛といった症状は30代の女性に多いそうで…年を感じました。

※リンクは外部HPへ飛びます。

 

 

幸い、検査したり医師と話したりしていたら痛みが少し落ち着いて歩けるようになり、5時前にはタクシーで家に帰ることができました。

CGMではモバイルで朝にも礼拝をしているのですが、ちょうどその朝の礼拝に間に合ったのでそのまま朝の礼拝を捧げ、ぐったりしてそのまま二度寝しました(;^ω^)

 

 

 

なーんでこんな過去最大の痛みがーと思って、生理痛くらい(くらいといっても生理痛は本当に経験してみないとわからない。呼ぶレベルの場合もある本気で)で救急車を呼んでしまったことに対する自己嫌悪や申し訳なさを感じて、二度寝して起きた後も、その日はずっと気分が沈んでいました。

 

しかも痛みは落ち着いたものの、なくなりはしなかったので余計に。何も食べられず。お腹も空かずで過ごしていました(;^_^A

 

 

その日ちょうど用があってやりとりしていた教会のお姉さんに、救急車を呼んだことを話したら、夕方電話でお祈りしてくれました。優しすぎて泣けました( ;∀;)

 

 

お祈りする前にちょっと話していたのですが、その時、自分が思っていた以上にストレスや疲れが溜まっていたことに気づきました。

 

 

Twitter

 

こんなこともあって、家にいるのもストレスというかめっちゃ神経すり減らしてました。

 

というのと、最近オンラインで、メンバーにバイブルスタディー(御言葉)を伝えることが多いのですが、超生真面目人間なので「ちゃんとやらなきゃ!」ていうのでかなりキリキリしていたことを自覚しました。

 

 

準備する時間はたくさんあるのに準備するのが面倒くさい…」って思ってしまい、そんな自分を「御言葉の価値がわかってないアホー!」と責めたり、「どうせ私はちゃんと伝えられない…間違ったこと教えてしまったらどうしよう…」という妄想に陥って、また「ちゃんと伝えられない自分はダメだ」と自分を責めたり。

 

うん、とにかく自分を責めていますねw

 

 

 

でも自覚症状がありませんでしたw

 

お姉さんと電話で対話していて、初めて気づきました。

 

研究して分析した結果、生理痛+様々な小さなストレスが積み重なっていたものが、お腹に来ていたみたいで。

 

結果、救急車を呼ぶほどの腹痛に襲われましたとさ。

 

 

 

「これじゃ、会社にいた時と同じだなぁ」。

 

 

率直な感想はそれでした。

 

会社でも、「真面目にやらなきゃ」とか

「手を抜くなんて、この仕事の重大さを分かっていない証拠だ。それじゃダメだダメだ!お前がうまくできなかったら、誰が責任を取ると思ってるんだ!最終的には上司じゃないか。うまくやらないと!」とか

今回の状況と似たようなことを考えて、神経すごいすり減らしてたんですよね。

家でのストレスはそんなになかったけど、状況が似ている。

 

生真面目すぎる性格が、自分を苦しめている。

 

 

結局は、<うまくできなくて迷惑をかけて嫌われたくない>っていうのが根本にあるんだろうなと思います。

どこにいても、会社だろうが、教会だろうが、実家だろうが、その根本の恐怖は同じだということを知りました。

 

 

会社でも適応障害だったけど、このままだと教会でも適応障害になってしまう。

 

 

それはまずいw

ということで、今回改めて反省して、最近は家の騒音は最低限気を使いつつ、御言葉を伝えることに関しては、気楽にやっています。

 

「とりあえず用意しているメモ通りに伝えればいいや!」みたいな。

 

あ、ちゃんと祈って準備は最低限しているので、私から聞いている人は安心してください(;^_^A

 

 

でもかなり前より楽になりました。精神的に。

しかも、楽しい。

 

よくやったら褒めてあげなければいけません。それが知恵です。褒めてあげなければ、聖霊も離れるし、神様も離れます。

「神様も、よーくやっておかれました。神様も聖霊様も、すごくよく感動を下さったし、すごくよくやってくださいました」と神様、聖霊様に言わないといけないし、人にも褒めてあげることが、すごく大きな知恵だ。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

 

この御言葉を受けて、バイブルスタディーを伝え終わった後、

「神様、よく構想をくださいました~!ありがとうございます!!

聖霊様、感動をくださり、熱く伝えられるようにしてくださって感謝します~!!お疲れ様でした!」

みたいにやりとりしたり、ご褒美にお菓子食べたり。

 

御言葉伝えること自体は、やっぱり好きなんですよね。

 

そして、神様と交通してやると楽しい。

 

マタイによる福音書11:28-30

すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。

わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。 

わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

 

神様を呼んで、神様と共にすれば易しく楽しくできるんだなって実感した経緯でした(;^ω^)

 

 

研究が必要です。エジソンは、発明王エジソンは、蓄音機を発明しました。また、電球も研究をして、開発をしました。夜も照らすようにしました。

3000回、研究、努力をしたと聞きました。3000回、すごいでしょう。映写機、テレビ、映画を見られるものを研究しました。

 

苦痛から逃れるために研究し、方法を変えなさい、行いなさい。易しい方法でできることがあるのに、ただやるのか。

研究をするだけ人が勝利をし、優勝をし、栄えるようになる。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

ずっとずっと課題になっている<自分を責める癖>、そして<生真面目すぎる性格>。

どうやったら直せるのか、研究します…(;^_^A

 

 

思いついたらまた記事に書きます( ..)φメモメモ