全能者神様がいるのにうまくいかない、悪い結果になるのはどうして?『塔の上のラプンツェル』『ミラベルと魔法だらけの家』から学ぶ「自由意志」

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ディズニーを通して楽しく聖書を学ぶ「ディズニー×バイブルスタディー」です。

今回は映画『塔の上のラプンツェル』(2010)と『ミラベルと魔法だらけの家』(2021)を例に「予定」について見て行こうと思います☆彡 

すべては予定されている?

最初に一つ質問をします。

今この記事を読んでくださっているあなたは「運命」を信じていますか?

「私は不幸になる運命だ」

「私がこの大学に行ったのは運命だ」

「こうなることははじめから決まっていた」

「私が努力したところで結末は変わらない」

「すべてあらかじめ結果は決まっている」

このような考えをお持ちでしょうか?

 私はキリスト教福音宣教会で信仰を持つ前は無神論者だったので、「全能なる神様が本当にいるのだとしたら、どうして戦争が起こるのか?」という疑問を持っていました。

よくないことが起こるたびに、「本当に神様が存在するなら、どうして悪いことが起こるまま放っておくのか?」といつも考えていました。

実は聖書にも以下のように書いてあります。

「見よ、わたしは主である、すべて命ある者の神である。わたしにできない事があろうか。」

エレミヤ書32:27 

神様はできないことはないとおっしゃいました。

そうであれば、戦争や紛争、貧困問題などがどうして起こるのか?というのが無神論者時代の私の疑問でした。

また、聖書には「すべて予定されている」と読み取れる個所が数か所あります。

みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。 

エペソ人への手紙 1:4-5

神はモーセに言われた、「わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ」。 ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである。

ローマ人への手紙 9:15-16

これまでの実際の歴史

一方で、神様の思うとおりにならなかったことが聖書にはたくさん出てきます。 

例えば、<アダムとエバ>の堕落も神様は「するな」とおっしゃったけど、2人が堕落してしまい神様がショックを受けていることが分かります。

しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。

創世記2章17節

 神は言われた、「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。 人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。

創世記 3章11-12節

アダムとエバ、2人の息子であるカインが弟のアベルを殴り殺した時も、神様は驚いてカインに「アベルはどこ!?あなたは何をしたの!?」と呼びかけています。

カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。 主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。 主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。

創世記 4:8-10

ノアのときは人々があまりにも悪いことばかりして乱れていた様子を見て、ショックを受けて「人間をつくったことを悔いる」とまでおっしゃっています。

主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、 「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。

創世記 6章6-7節

運命ではなく道自体が決まっている

皆さんはどのようなときにショックを受けますか?

予想外のことが起きたとき、自分では考えられない悪いことが起きたときが多いのではないでしょうか。

神様も同じです。

人間の行動によって神様がショックを受けるということは、神様にとって予想外の悪いことが起きたということです。

何が言いたいかというと、「すべての運命が決まっている」わけではないということです。

その根拠として、ヨナという預言者の話を見てみましょう。ニネベという町がありました。

その町には悪がはびこっていたため、神様が裁こうとしていました。

けどその前に、最後の悔い改めの機会を与えようと預言者ヨナを送って「悔い改めなさい」という御言葉を伝えました。

するとニネべの町の人々は、神様がヨナを通して言った通りに自分たちの間違いを認めて悔い改めました。それを見て神様は裁きをやめました。

神は彼らのなすところ、その悪い道を離れたのを見られ、彼らの上に下そうと言われた災を思いかえして、これをおやめになった。

ヨナ書 3章10節

この話を見ても、神様が人間の行ないを見て予定を変えていることがわかります。

鄭明析牧師はこのことを「運命が決まっているのではなく、道自体がよい道と悪い道に決まっている。どちらの道に行くかによって、その運命になる。はじめから決まっているのではなく自分が選んで行く」と説明してくださいました。

運命は「道自体」が決まっている。死の道と命の道、地獄に行く道と天国に行く道、道自体が決まっている運命だ。

人の運命が定められているのではない。誰でもその道に行ったらその運命だ。本文であるマタイによる福音書7章1節以下を読むと、狭い道は命の道、広い道は死の道だと言った。

(マタイ7:13~14)『狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。』

この世でも砂漠の道があり、よい松の道がある。道自体が決められているし、地域自体が決められている。あなたが行くとおりに、その道に従ってその道に属した運命に決定される。

鄭明析(チョンミョンソク)牧師の説教より抜粋

人間が二つの道を前にしてどちらを選ぶかまでは、神様は関与しないで本人が選んだとおりになさるということです。

というのも実は、神様にはできないことはないと聖書に書いてありますが、神様が手を付けられない領域というものがあります。

それは人間の自由意志です。

人間に与えられた自由意志とは?

人間には、自分の意志で自由に選択できる力が与えられています

これは神様からのプレゼントです。

この自由意志には神様は関与することができず、どのような選択をするかはその人の良心にゆだねられています。

もちろんよくなる方を選択し祝福を受けられるよう御言葉で考え方を教えてくださるし、導いてはくださいます。

それでも最終的に二つの道を前にして、どちらの道を選ぶかは本人次第なのです。悪い方を選択して事態が悪くなるとしても、神様は人間の自由意志を止めることはできません。

では、どうして悪い方を選ぶ可能性があるとわかっていながら、神様は人間に自由意志を与えたのでしょうか?

それは、人間から真実な愛を受けたかったからです。

これは神様が人間をつくった目的にも関わってくるので、「神様が人間をどのようにご覧になっているか」が書かれている聖句をご紹介します。

あなたを造られた者はあなたの夫であって、 その名は万軍の主。 あなたをあがなわれる者は、 イスラエルの聖者であって、 全地の神ととなえられる。

イザヤ書 54:5

「あなたを造られた者(神様)はあなた(人間)の夫」だと書かれているとおり、神様は人間を愛の対象、新婦としてつくりました。

アガペ的な愛なので、男女という性別は関係なく人間であればだれでも神様の新婦です。

新郎新婦という立場で考えたとき、相手が最初から自分のことを好きになることが決まっていたらうれしいですか?

うれしくないですよねw

神様も同じです。人間に自由意志がなく最初から神様を愛するように定められていたら、うれしくないですよね。

最初から神様のことを好きになるようプログラムされていたら、ロボットと同じです。

ロボットといえば、ケアロボットベイマックスです。

自分を好きになるように最初から設定されている対象から愛を受けるより、いろんな素敵なものがあるけど、その中で自分のことが1番好き!と言って愛してくれる方がうれしいですよね。

それは人間も神様も同じ気持ちです。

だから神様は、「自由意志を使って私を愛してほしい」という意味を込めて人間に自由意志を与えました

自由意志を使ってどの道を選ぶか

しかし皮肉なことに、この「自由意志」があるからこそ悪いことも起こり得るのです。

<アダムとエバ>は神様の御言葉よりも蛇の誘惑を選んだため、エデンの園を追い出されることになりました。

<カイン>は怒りをおさめることができなくて、弟の<アベル>を殺す道を選びました。

<ノア>のとき、人々はノアを通して話された神様の御言葉を信じず、自分の意志で箱舟を作らない方を選び、結局洪水の裁きを受けました。

逆にニネベの町は、神様の御言葉を受け入れ悔い改めることで裁きを免れました。

人間が善の道と悪の道を前にして、どちらを選ぶかは人間の自由意志に任されています

悪の道を選べば、行なったとおりに神様は接します。

そのため、よくないことが起こり得るのです。

全能者神様がいるのにうまくいかない、悪い結果になるのは人間が悪を行なう道を選ぶからです。

もちろん自分が悪の道を選ばないとしても、他の人が悪を行ない時代が邪悪であれば一緒に苦痛を受けることもあります。

自分が間違ったからというより、巻き込まれるイメージに近いです。

道自体が運命だ。それなのに人はよく、自分が地獄の道、死の道へ行きながら「これが私の運命だ」と言う。抜け出せばいい。地獄の道に行かなければいい。苦痛の道に行きながら四柱推命は決まっているとも言う。そうすると公義にできない。

神様が地獄に行くようにと予定なさっただろうか。自分の生が地獄に行かせ、天国に行かせる。神様もイエス様もいつももっとよいものを与えるとおっしゃった。

(マタイ7:9~11)『あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか。魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。』 

鄭明析(チョンミョンソク)牧師の説教より抜粋

聖句にあるとおり、神様は人間にもっとよいものを与えようとしてくださいます。

自分が悪い道を選ばなければいいし、間違って選んで行ってしまったとしても、途中で引き返せばいいのです。

理論としてはいたってシンプルです。

ではどうして、人間は悪い道に行ってしまうのでしょうか?

人が悪い道に行く理由

答えはシンプルで、知らないからです。

何がよくて何が悪いのか、自分の目で見ればよさそうに見える道だけど、結末が悪くなると知っていればわざわざ悪い方は選びませんね。

知らないから、将来のことまで見えないから選択を間違うことがあります。

けど神様は、未来現在過去を見通して全体をご覧になっているため、その人にとって何が1番よい道なのかを知っています。

神様に相談して尋ねて確認すれば、道を間違えることはありません。

だからこそ神様は、よい道を教えてくれる使命者を送って、人間たちを教えその道に導いてくださいます。

神様が遣わした人を通して導くとおりに行きなさい。それがよい運命になる道だ。肉も霊もその人が成功の道であり、真理であり、命だ。

(ヨハネによる福音書14:6)『イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。』

自分中心は肉も霊もすべて救うことができない。このことを神様も聖霊、御子、イエス様も教えてくださった。然るべくやってこそ然るべく栄え、永遠な理想世界だ。 

鄭明析(チョンミョンソク)牧師の説教より抜粋

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。

ヨハネによる福音書3章16節

神様は、その方を通して神様が伝える御言葉を聞いて、行くべき命の道に行けるように人間を導いてくださいます。

それでも、人間の自由意志が尊重されるので、御言葉を聞いたとしても信じるか信じないかはその人の自由です。

そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。

ローマ人への手紙1章28節

人間は善であれ悪であれ、行なったとおりに報いを受けるように神様は創造しておかれました。

まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。

ガラテヤ人への手紙6章7節

人の子は父の栄光のうちに、御使たちを従えて来るが、その時には、実際のおこないに応じて、それぞれに報いるであろう。

マタイによる福音書16章27節

神様が「あなたは天国」、「あなたは地獄」と定めたわけではありません。

自分が行なったとおり選んだとおりの道を歩むし、それによってよいことも悪いことも起こるということです。

ディズニー映画でたとえると

前段階の説明が長くなりましたが、二つのディズニー映画でこの理知を確認してみたいと思います。

『塔の上のラプンツェル』

一つ目は『塔の上のラプンツェル』(2010)です。

簡単にあらすじを紹介すると、ラプンツェルの髪には病気や老いを治す魔法の力があります。

その力を独り占めしたい悪者(女性)に赤ちゃんのときに誘拐され、その悪者の娘として育てられました。

そしてその悪者は、塔の外にはラプンツェルの魔法の髪の力を狙う悪人が大勢いるから、「ラプンツェルを守るため」といって塔に閉じ込めていました。

けどラプンツェルは、毎年自分の誕生日の夜に空に現れる光のことがどうしても知りたくて、18歳の誕生日の前日についに塔の外に出ました。

ある経緯で出会って案内役を頼んでいたフリン・ライダーに自分の髪が持つ魔法の力の秘密を打ち明けたとき、ラプンツェルはこの力を狙う人たちがいるから塔に閉じこもっていたことを話しました。

そのとき「だからお母様は…」といいかけた後、「だから私は塔から出なかった」と、「母が自分を閉じ込めていた」のではなく「自分が自分の意思で塔に閉じこもっていた」と説明しました。

個人的にはこのセリフがとても好きです。

塔を出ようと思えば、いつでも抜け出せた。けど「自分がそうしなかった」と、人のせいにせず自分の弱さを素直に認められるラプンツェルのよさが表れているセリフだなと思います。

子どものころは家庭にしか自分の居場所がないため、家庭を失うことは子どもにとっては「死」と同じで、どんなに劣悪な環境だとしても生き延びるためには大人の言うことを聞いて適応するしかありません。

けど、成長して大人になればだんだんと自分が自分の道を選択しても生きていけます。

ラプンツェルは自分がもう既に大人だとわかっていて、自由に生きてもよかったのに、自分の意志で塔の中に閉じこもり続けていたことを認めました。

このセリフ一つをとっても、自分の意思でどう行動するかによって、道(運命)が変わることが分かります。

『ミラベルと魔法だらけの家』

二つ目は『ミラベルと魔法だらけの家』(2021)です。

日本ではコロナ禍中に一部の映画館で上映され認知度は低いものの、実は本家アメリカでは大大大人気作品です。

こちらも簡単にあらすじを紹介すると、主人公ミラベルが住む家は魔法の家で、そこに住む家族もみんなある年齢になると魔法の力(ギフト)が家から与えられます。

ただ、ミラベルだけはなぜかギフトをもらうことができませんでした。

ある日、ミラベルは家にひびが入り、魔法の力が失われる予兆を見ました。

原因を突き止め家を救おうと奮闘するミラベルとその家族の絆を描いた物語です。

奮闘する過程でミラベルは、未来を予知できる魔法を持ったおじ、ブルーノに再会します。

実はブルーノは、ミラベルがギフトをもらえなかった日にある未来(ビジョン)を見ました。

鉱石の板のようなものに未来のビジョンが描かれるのですが、ミラベルが中央に立っていて、その背後に魔法の家が描かれていました。

その板を傾けると家にひびが入り崩壊する様子が見えます。

しかし、違う方向に傾けると家は元通りきれいな姿で存在しています。

ブルーノ曰く「未来の結末は決まっていないみたい」で、家の運命はミラベルがどうするかにかかっている、という予知だったそうです。

ミラベルと祖母が口論したことがきっかけで、結局魔法の力を失い家は崩壊してしまいました。

しかし、ミラベルと家族が歩み寄って和解することによって、家は再び魔法の力を取り戻し復活して、家族も一つになったのでした。

ポイントは「ミラベルがどうするかによって未来が変わる」ことです。

人がどう行動するかによって未来(運命)が変わることがこの物語からも分かります。

※映画だから結末は決まっているだろ!というツッコミはご遠慮ください。

これは物語に限った話ではなく、現実でも仕組みは同じです。

自由意志を使ってよい道に行くためには

今回は行動を起こすことで未来を変えた2人の物語を例に「予定」についてお伝えしました。

ポイントをおさらいします。

人間の運命は定まっていないが、道自体は決まっている。

よい道へ行くのか、悪い道へ行くのかは自分の自由意志で決める。

神様は、人間が自ら神様を愛することを願って人間に自由意志を与えた。

よい道を選択するためには、神様が遣わした方を通して伝えられる御言葉を聞いて学んで「何がよい道なのか」を知ることが重要。

また幼い時から、聖書に親しみ、それが、キリスト・イエスに対する信仰によって救に至る知恵を、あなたに与えうる書物であることを知っている。 聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。 

テモテへの第二の手紙 3:15-16

「私に学んだら易しい。謙遜に私のことを知って学びなさい」とおっしゃった。

(マタイ11:29~30)『わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。』

学んで行なえば成功する。知らなければ失敗だ。知っている人が願いを成就する。学ぶことがお金を稼ぐことだ。霊について学んでこそ、霊が永遠に成功し、肉も成功する。

鄭明析(チョンミョンソク)牧師の説教より抜粋

私自身、道を選ばなければいけないけど判断に迷うときは必ず神様に祈り、また御言葉を聞いて確認してから判断します。

自分の考えが強くて神様のアドバイスを素直に聞き入れなくてやらかすことも多々ありますが、「自分ではAがいいと思っていたけど、ふたを開けたら神様がおっしゃったとおりBを選んでよかった!」と思うこともたくさんあります。

知ることが祝福だ。知識の神様だ。だから神様を知ったら成功する。神様が遣わした人は絶対に成功する。

知恵の神様だ。明哲と聡明の神様だ。神様、聖霊様、御子は全知全能だ。だから一体になってこそ成功する。一体になって仕え愛する人、悟らせてくださる。分からせてくださる。

鄭明析(チョンミョンソク)牧師の説教より抜粋

※ここでいう「一体」は「考え、心が神様と一体になる」という意味です。

知る祝福を受けて、よい方へ進む力を身に着けられますように☆彡

最後に、キリスト教福音宣教会の御言葉の内容が気になる方はお気軽にXかインスタグラムからDMください。

長くなりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました!(^^)!

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