適応障害かつHSPだった経緯

闘病の経緯
MonikaP / Pixabay

こんにちは(*’ω’*)

いよいよ我が社は繁忙期。
毎週ではないけれど週6勤務になり、とにかく仕事に追われる日々が始まりました。・゜・(ノД`)・゜・。

そんな大事な時を前に、最近、自分について色々と向き合う機会がたくさんあり
というか向き合わざるを得ない状況で、自分についてたくさん知るようになりました。

なので今回は新たに知った自分自身について書きます。
この記事を読んでいるあなたにとっても、何かお役に立てることが見つかれば幸いですm(_ _)m

 

適応障害かつHSPだった。

何を発見したかは、タイトルを見ればすべてがわかりますね。笑

はい、ここからは具体的に書いていきます。

 

HSPとは?

HSPという言葉自体、ご存知でない方もいらっしゃるかと思います。かくいうこころ本人も知りませんでした(^◇^;)

ではまずHSPとは何か、見てみましょう。

英語では、Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)といい、「ひといちばい繊細な人」という意味で、この頭文字を取ってHSP(エイチエスピー)と言います。これは90年代のはじめ、繊細な人についての研究をはじめたエレイン・アーロン(Elaine Aron)博士によって付けられた「人の気質」を表す名称です。
アーロン博士によると、人口の約20%の人はHSPだといいます。また、人に限らずコバエ、鳥、魚、イヌ、ネコ、馬、霊長類など、100種類以上の動物に同じ気質が見られることから、「繊細さ」は生きとし生けるものすべての生存本能「生き残るための戦略のひとつ」であると考えられています。
ですが、こうした気質を持つ人は職場や家庭など生活の中で気疲れしやすく、生きづらいと感じている方が多いのです。
出典:新宿ストレスクリニックホームページ

 

要するに人の気分の良し悪しや顔色、雰囲気、気配、電磁波含め、あらゆるものを敏感に察し反応してしまう人のことですね。

 

ネットで自分の症状を検索していた時、たまたま目に止まり、発見した言葉でした。
しかし、見てみると「私これだ…」と認めざるを得ず、今回初めて自覚するようになりました。

 

ちなみにこれはあくまでも「気質」であり、「病気」ではないそうです。

 

HSPだと自覚した瞬間は、正直微妙な心境でした。笑

「あぁ、今まで感じてた生き辛さは、この気質のためだったのか。あまりにも周りの人の気分や心を敏感に受け取りすぎていたんだ」

と思ってスッキリした反面、

何とも表現し難い、ショックを受けた面もありました。

「私HSPなんだ」みたいな。

今冷静に振り返ってみると、どうしてこんな敏感になってしまったんだろう、みたいな恨めしい気持ちを抱いたのかもしれません。

 

とにかく、スッキリしたようで、ガーンと何かに打たれたような何とも言えない気持ちでした。

 

「本当に自分は敏感なんだ。そういう気質なんだ」と認めざるを得なくなった一方で、色々「どうして自分はこうなんだろう?」と思っていた疑問が解けました。

 

色々と鋭く感知して反応しすぎてた。

そりゃ疲れるわw

そりゃ人混みも苦手だわw

人といすぎたら疲れるわw

1人になる時間必要だわw

 

知らなかった時は「こんなことまで気にしてー!」と自分を責めてしまっていたこともありましたが、わかると気持ち的には少し楽になりました。

 

ショックな部分もあったけど、わかったから自分の気質をわかって対処していこう。

と、今は前向きな気持ちになれています。

 

何よりも、御言葉で力を受けたことが大きいです。

<肉の心と考え>は全て「脳神経」において起こります。<神経>に触ったら「心」にそのまま伝わって表われます。 神様も聖霊様も人間に「御心」を伝達なさろうとしたら、<脳神経>を通してなさいます。

 

人は暑ければその環境から抜け出したがるし、また寒ければまたその環境から抜け出したがります。 猛暑で耐えられないほど暑い時、人々は「むしろ極寒がましだ」と言います。 そうして肌寒くなったら「寒くて耐えられない。猛暑の方がましだ」と言って、「人間の心はどうしてこんなに変わりやすいのだろう?」と言います。

心が変わりやすいからそうなのではなく、<神経>が鋭敏で、その反応を「自分の心」が感じるのです。 そのような時は<神経>を治めなければなりません。

 

<神経>が感じるから、<自分の心>ばかり恨まないで、「神経が鋭敏でこのような反応が来るのだな」と思い、「できない。私は駄目だ」という方面には神経を切らなければなりません。

できないという方にずっと神経を使ったら、憂鬱(ゆううつ)になり、怖く、負担になり、諦めるようになります。

<神経>を間違って使い、間違って治めたら、「神経病」にかかります。

 

大概<神経>を使ったら頭が痛いから、考えで「神経を使うこと」を制止します。 それで神経は使わなくていいけれども、生活の中でさまざまなことを感じられないから、ちゃんとできることがありません。

先生もある時あまりにも頭が痛いことがあったので、神経を使いたくなくて鈍くしました。 そうしたら<鋭利にすべきこと>ができなくて問題が起こり、<神様の鋭利な御言葉>を受けることができませんでした。

<神経>は本当に鋭敏です。だからといって<神経>を切ったら、麻痺(まひ)して「植物人間」になります。

<脳神経の鋭利な部分>は、‐「心配し、憂(うれ)い、不安がる方」に使わないで、‐「霊の世界を知るところ」に使い、‐「神様の御言葉を受け入れるところ」に使えばいいです

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

鄭明析牧師の御言葉はとても不思議というか、神様の愛をものすごく感じるなぁといつも思います。

自分は否定していた、嫌だと思っていた、短所だと思っていた部分だとしても、いつも褒めてくださり、絶対に否定なさらないんですよねぇ。

 

<神経>を少し殺して生きたら、鋭利なことを感じられないし、いいか悪いかも感じられないし、うれしいことも感じられなくて、でたらめに行なうようになります。

そうして怪我をすることもあり、死ぬこともあります。

 

<神経の鋭利さ>は「神様がくださった祝福の中の一つ」です。 だから頭が痛いといって鈍くしないで、<神様の御言葉>で神経を治めつつ、操縦することを願います。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

私はHSPだとわかった瞬間、もうこの敏感さ嫌だ!!捨てたい!って

正直泣きわめきたくなったのですが(笑)、「神様がくださった祝福」だといわれてしまったら捨てるわけにはいきませんw

 

実際この御言葉通り、私は色々鋭利すぎて霊の世界のことを敏感に察知したり、神様の心情を受けやすかったり、何かと摂理に通い始めてから恩恵を受けていることもたくさんあります(;^_^A

この御言葉を聞いて、漸く?初めてHSPでよかったーと思えました(*´ω`*)

 

神様の中にいればもう何でも祝福だし、使い方次第なんだなと、認識を変えられた御言葉でした。

 

鋭利さを間違った方向に使わないで、殺そうとしないで、ちゃんと霊の世界のこと、神様のことをもっとよく学ぶために使って生きます!(‘ω’)ノ