根性論では最後まで行けない

闘病の経緯

最近、自分がとっても根性に頼ってしまう癖があるということを漸く自覚しました。

ここでいう根性とは「やればできる!」みたいな感じの精神のことです。

人生を振り返ってみると、私は根性で突き進めてきたことがたくさんありました。

受験も「絶対ここに行く!!」という堅い決心の元、ど根性でめっちゃ勉強して、ずっと希望する学校に入学していました。

学生の頃までは良かったと思うのです。

でも、社会人になってからは、根性論だけではやっていけないことを痛感しました。

思えば最初に入社した企業は、自分が今まで学んできた文系の仕事ではなく、SEというがっつり理系の仕事。

私は、今まで努力すれば大概のことはできてきたし、「できない」という言葉を使うのがあまり好きではなくて、「真新しい理系の仕事でも、やればできるんじゃね?」という、今まで持ってきた根性論で、入社してしまったのです。

結局、仕事内容が合わず、いくら勉強しても全然楽しくないし、頭に入ってこないし、「この仕事を一生懸命頑張ろう!」みたいなモチベーションがどうしても持てませんでした。

本当に合っていなかったんだと思います。

今落ち着いて考えるとただのバカです。

教会で頼まれる諸々の仕事も、例えば量が多くても、「これくらいやればできる!」と根性でやってしまい、疲れてダウンしてしまうことを何度も繰り返しました。

これはよろしくありません。

こちらの記事でご紹介しましたが、鄭明析牧師は「楽しみなさい」とか「喜んでやりなさい」とか結構おっしゃいます。

実際、ご自身が本当に楽しんで神様の仕事をしていらっしゃいます。

御言葉って結構、色んな衝撃的な話がありますが、私にとっては、この「楽しんでやりなさい」という言葉も衝撃的でした。

というのも、何をするにしても、「楽しんでやる」というより「うまくやらなきゃ」という強迫概念がすごく強かったんですよね。

「うまくやらないと怒られる」とか、「相手が気にいるようにできなかったら見捨てられる」とか

そういう考えが強くて、「楽しんでやる」ってあんまり考えたことがありませんでした。

もちろん物心着く前は何も考えずやりたいように楽しくやっていたと思います。

でも、いつの間にか、何か工作するとか絵を描くとかにしても、「完璧にやろう」とか「うまく描こう」とか考えてしまうことが多かったです。

でも、それだと自分が疲れてしまうし、非効率的だということを最近超実感しました。

神様があなたたちを愛しているということを分からせたから、喜んで楽しんで、これからもっと頑張りなさい。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

HSPは自分が「やりたい」とか「楽しい」とか、良い子ちゃんを装おうとしすぎて、自分の本音を押し殺してしまうことが多いそうです。

私もまさにそうです(;^_^A

で、自分の本音が分からなくなってしまうんですよね。

でも、自分の本音を押し殺していると、実はチクチクとストレスが溜まっていくそうです…ひええええええ。

ということで、そろそろ「自分がやりたいかどうか」、「自分が楽しんでできたらOK」というスタイルに切り替えていきたいなぁと感じました。

少しずつ、少しずつ、より良い自分になれるよう挑戦します(*^-^*)