私は、「自分は生まれてきてよかったのだろうか。間違って生まれてきてしまったのだろうか」という疑問を、生涯ずっと持っていました。
いつからそう思い始めたのか、どうしてそういう疑問を持ち始めたのかは、全然覚えていません。
一つ覚えているのは、小学校低学年の時、母に泣きながら「私生まれてきてよかったのかな?」と聞いたこと。
それは鮮明に覚えています。
母の答えは覚えてないけど…苦笑
とにかく、気が付いたら「自分の存在意義」に疑問を持っていました。
自己肯定感が著しく低い現れですね(;^_^A
けれど今週、変化がありました。
すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。
テサロニケ人への第一の手紙5章18節
今週は、感謝について伝えてくださったので、たくさん感謝のお祈りをしました。
今朝、祈っていたら、ふと感動があって、自分でも驚くお祈りが口から出てきました。
「神様が、意味があって私を創造して、お母さんのお腹から生まれるようにしてくださいました。
神様が私の命を許諾してくださったから、私は目的があって生まれたから、私は生きてていいんです。心から感謝します」
1時間も、1日も1時間も神様が私たちのために行わない日はないし、行わない時間はないように、天地万物を創造してくださいました。天地万物は、神様が人間を助けるようにと、初めからそのように創造しておかれました。
太陽も地球も、特に地球の中の生物のために空気、すべての万物の存在が続けて助けなければ人間は死ぬから、助けるように初めから創造しておきました。胎盤の中にいる赤ちゃんがお母さんを通して栄養が供給できるように、そのようにして命が成長するように。だから、母親が死んだら胎盤の中の子供も赤ん坊も死ぬように、神様が人間と万物をそのように創造しておきました。
すべてにおいて感謝できるのは、万物すべてが人間を助けるように初めから創造されたことを悟らなければならなりません。それが分かったら、すべてにおいて感謝するでしょう。
鄭明析牧師の御言葉より抜粋
天地万物が創造されたのは人間のため、そして人間は何のために創造されたのかというと。
あなたを造られた者はあなたの夫であって、
その名は万軍の主。
あなたをあがなわれる者は、
イスラエルの聖者であって、
全地の神ととなえられる。
イザヤ書54章5節
この聖句の通り、神様は人間にとって夫の立場であり、人間は神様の妻の立場。
学んではいたものの、私は8年以上この御言葉がしっくりこなくて、自分のものとして消化できていませんでした(;^_^A
でも今朝、何でかは分からないけど、たくさん感謝のお祈りをしていたら、
「神様が、私が生まれることを許諾してくださって生まれた命だから、私は生きてていいんだ。
誰かが私を否定したとしても、胸張って堂々と生きても、何の問題もないんだ。
全知全能な神様が私を必要として、愛の対象体として創造してくださったから、誰も私の存在に対して文句は言えない!」
本当に自分の考えではない、大きな告白が出てくるようになったのです。
御言葉通りに実践するってすごすぎる…!と、改めて御言葉の御力を感じました。
まだ完全に絶対そうだー!私は生きてていいんだー!と常に考えられるようになったわけではありません。
まだまだ自分の命に対して自信を失うこともあります。行ったり来たりってやつですね。
でも、一瞬だとしても自分の命というか存在に対して、肯定的に考えられたのはめちゃくちゃ大きい。
自分が生きていることに感謝して、自分の存在に自信を持って喜んで生きられるようになりたいな。
必ずその日は来ると信じます。
まずは一歩、踏み出せたことに感謝します(*^-^*)
神様に感謝しなさい。許可をしたということだから、神様のところに来られるということだから、うれしいということです。感謝することが、それくらいうれしいということです。
鄭明析牧師の御言葉より抜粋