もがきの末、くださった悟りの宝

仕事での経緯
Lee_seonghak / Pixabay

今週、びっくりするくらい職場で色々なトラブルがありました(^◇^;)

日曜日の疲れがMAXな月曜日に事件が起き
火曜日の台風が啓示かのように
どんどん状況は悪くなる一方でした。

信頼していた人がいて、その人も私をどちらかといえば信頼してくださっていたのですが
一気に信頼を失い、私に対するその人の波長が変わったことも感じました。

※「波長」→火に近づくと熱を感じたり、氷に近づくと冷気を感じたりするのと似ていて
人から来る雰囲気というか電波みたいなものですかね。
機嫌の良し悪しを感じ取るのと似ています。
(ご参考までに)

出社するのが辛くなり、でもただでさえ仕事が終わらないので
行くしかなく、今週はストレスとの戦いでした。

ここまで状況が悪くなるなんてー
どうしてこんな風になってしまったんだろうと
今週の御言葉を踏まえながらずっと考えていました。

何か計画があってどこかに行く、何かをする、しかし駄目になったという時には、神様が駄目にしたということです。

人を通して駄目にします。人間を通して神様が駄目にする。

だから、そのときケンカをしてはいけません。

その時はそうせざるをえない状況がありますが、神様があのようにこのように、

聖霊様と共に人間を着て、人を着て状況を変えるということをハッキリ知らなければなりません。

経験してみたら、「こういうことでこうなさったんだ。神様がなさったことに間違いない」と悟るようになります。
鄭明析牧師の御言葉より抜粋

神様がダメにした?
と仮定するなら、何か御心と合っていなかったからそうなったということだけれど
私のどこが神様の御心とずれていたんだろう?
このことについてずっと1週間、考えました。

肉は霊の世界を反映するので
霊的に何か問題があると
肉的にも様々に問題が起こります。

体調不良や神経が張って寝られんなど
様々な問題と戦いながらモヤモヤ考え
なかなか答えが出なかった1週間。

今日、電車に乗って移動しながらお祈りしていた時
切実に求めたら、自分でも驚くような告白が出てきました。

「神様、私は人に認められること
人に受け入れてもらって、わかってもらって
愛してくれるよう求めることを諦めます。

人間には私の全てを理解することはできません。
ただ神様、聖霊様だけが私の全てをご存知で、理解してくださいます。
だから私は、神様が私のことをわかってくださり
受け入れてくださり、愛してくださることを願います」

この告白が口から出てきて、自分でも驚きました。
そして、自分の問題が何かわかり、
問題がわかったから答えもわかるようになりました。

どうやら私は、人に期待していたようでした。
「辛いんだね。大変なんだね」
自分のことをわかってくれて、受け入れてくれて
私の心にかなう言葉をかけてくれることを
「人間」に期待し求めていました。

けれど、人間がどうやってそんなこと分かるんだー
という話ですよねε-(´∀`; )

ましてや、自分が辛くていっぱいいっぱいの時に
そんなこと求められても、余計にイラッとすると言いますか
「私の方が辛くて大変なんだけど」と思って
余計に負担に感じますよね(-.-;)y-~~~

でもわかってくれることを期待していた。
だから期待が外れて、希望が崩れたから
力を失ったんだなぁと
深く考えたらわかりました。

神様に対しても、「こんな弱音を吐く自分のこと受け入れてもらえないだろう」と
尋ねもせず勝手に決めつけていたようです。

 

神様よりも人を中心にしたこと、頼ったこと、神様の愛を誤解したこと

これが問題だったとわかりました。

しかし、これらの中でも1番問題だったことは

御言葉を守らなかったことでした。

 

いつも「神様が自分にそのようにして下さった。もっとよくなるようにして下さった」と、いつも考えなければなりません。

「もっとよくなるようにするためにそうなさった。

自分がうまくできなかったことをあまり恨むな。あまり虐待するな。

『どうしてあんなにできなかったんだろう』と虐待するな。

『どうしてできなかったんだろう』と虐待するな。

機会はまだたくさんある。

『もっとうまくやったら、もっとうまくいったはずなのに』と言うな。

絶対に後悔するな。恨むことも、自分を恨んだりするな。

そうすると自分の考えを殺すことになる。」

考えが死んだら植物人間。死にます。だからそうしないで。

いつも喜びで喜んで生きなさい。

昨日の苦しみを忘れなさい。

忘れないためには、神様がどのように働きかけるのかを悟って理解しなさい。

理解すればいい。そうすれば、そういうものが消える。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

誰よりも自分のことをわかってあげて
受け入れてあげて
「辛かったね。大変だったね。体がボロボロの中、よく頑張ったね」
誰よりも褒めてあげるべき自分のことを
自分自身が誰よりも虐めていました。

つまり、御言葉を全く守らず、自分が自分を責めたこと。
これが1番の問題でした。

 

以前、ある人から「褒められて来なかったんだね」

と言われた言葉を思い出しました。

 

「そうだったかな?父親は一度も褒めてくれなかったのは確かだけど、

母親は褒めてくれていたけどなぁ」

そう考えていたので、自分を褒めてあげられない自分を

また自分のせいにしてせめていました。

 

しかし、今日、家族と会う機会があり

親を客観的に観察するようにしてくださり、神様があることを悟らせてくださいました。

 

私は、幼い時親から褒められたことがほとんどありませんでした。

母親が褒めてくれた時も、勉強を頑張ってよい点数を取った時だけ。

だから命をかけて、勉強だけは一生懸命頑張ってきました。

勉強してこそ褒められて、自分の価値を認めてもらえる気がしたから。

認めて、受け入れてくれる気がしたから。

良い成績表が、私の価値を示す証明書のようなものでした。

 

同じ考えの姿勢のまま

仕事がうまくできてこそ認められる。

褒めてもらえる。その場にいていい、と

ハンコを押してもらえる。

だから無理をしてでも、認めてもらうために

価値を見出すために、体が悲鳴を上げても無視して

その場にいていい、と赦してもらいたくて

がむしゃらに仕事をとても熱心に頑張りすぎてしまいます。今も。

 

でも仕事のために生きているわけではないし

始めの話に戻ると、人から認められることを求めたところで

虚しいだけです。

 

「私は何を掴もうとしていたんだろう。

私は何を求めていたんだろう」

 

人に認めてもらっても、霊が天国に行けるわけではない。

たとえ肉体で成功したところで、肉体が死んだら終わってなくなるもの。

 

必死に掴もうとしていたものが間違っていたから

今週の御言葉とおり、神様が状況を変えて、

虚しいものに溺れていた私の心が、もう一度神様に帰るように

そのようにしてくださったんだな。

 

1週間の最後であるこの土曜日に

最後の最後に教えてくださったことに

心から感謝します。

 

悟っても、正直まだ頭がついていけていません。

本当の意味で根本の問題を受け入れられたわけではないように思います。

 

けれど気付けたから、感謝して

私の心、私の中心を、私の愛を捧げる先を

ただ神様。聖霊様。主だけに向けられるよう

明日も、明後日も、諦めずに続けて自分を

最高に素敵に輝かしい姿に

作る挑戦をしていきたいです。

 

足りない私を愛して

受け入れて下さり、間違っていたら

正しい道、神様のいらっしゃる道に戻して下さる

大きなその愛と寛容の心に

ただただ、ひたらすら感謝を捧げます(*^^*)