「癒してください」と切実に祈った経緯

闘病の経緯

今更ながら(恥ずかしながら)2014年に公開されたディズニー映画、『ベイマックス(“Big Hero 6”)』を先日初めて観ました。

 

 

「国内最大級の映画・ドラマ・アニメ情報サービス」ciatrさんの情報によると、映画『ベイマックス』はディズニー映画の中でランキング第7位の売り上げを記録したとか!

 

個人的には2番目に好きなディズニー映画にランクインされました。

(1番はもちろんアナ雪ですw)

 

 

 

タイトルと『ベイマックス』と何の関係があるんじゃあってツッコミが聞こえてきそうなので、そろそろ本題に入ります。

 

本題に入るにしても、この映画が重要なので、<どうして『ベイマックス』の話をしたのか>をまず説明します。

 

 

どうして『ベイマックス』の話をしたのか

答えを最初に言うと、『ベイマックス』がきっかけで、この記事のタイトル通り「癒してください」と祈るようになったからです。

 

そもそもベイマックスのストーリーを知らない方は以下をご覧ください。

※公式サイトに載っている範囲で簡潔にまとめたもので、ネタバレはありませんのでご安心ください。

科学の天才少年ヒロ(14歳)は、3歳の時両親を亡くし、兄のタダシと共におばさんの家で暮らしています。

ヒロはなかなかのトラブルメーカーでしたが、タダシはヒロを見捨てることをせず、ヒロを信じ愛情を持って接してきました。ヒロもそんな兄のことが大好きでした。

しかしある日、謎の爆発事故により、ヒロは最愛の兄を失ってしまいます。意気消沈していたヒロですが、彼の前に、生前にタダシが作ったケア・ロボットの「ベイマックス」が現れます。

兄を失ったヒロの心の傷を癒すため、ベイマックスはヒロと行動を共にしますが…。

公式のストーリー紹介はこちらから。

 

 

 

 

ラストシーンというか後半の展開にもう涙ボロボロ号泣ものだったのですが、

それ以前に

 

とにかくベイマックスかわいすぎる(/ω\)

 

この間抜けっぽさ漂う顔(日本の「鈴」が顔のモデルらしい)と、よちよち歩きがかわいすぎる

 

充電切れになった時に酔っぱらいみたいになるのもかわいいし、走れないのとかもうとにかく「歩くマシュマロ(ヒロ曰く)」に癒されるぅぅぅぅぅぅぅ

 

 

 

プロフィールにも記載したのですが、私のツボは「丸いもしくは丸っこく」「ぷにぷにしてそう」で「癒し系」が好きみたいなんですが、ベイマックスは見事に網羅してくれてるんですよ。

 

 

ありがとうベイマックスのデザイナーさん。

構想を彼に与えてくださった神様、心から感謝します。

 

 

…と、『ベイマックス』について語りだしたらキリがないのでここら辺にして。

 

ベイマックスにはまりすぎて何度もストーリーを振り返って感動したり、ベイマックスとヒロの感動シーンだけ何度か見直したりと

「ちょっとはまりすぎかな?」と思うくらい、なんだかベイマックスとヒロのコンビが頭から離れませんでした。

 

 

「どうしてこんなに心にヒットしてるんだろ~」と思って、ちょうどやりとりしていた友達に相談しました。

 

 

 

そしたら、「自分の心が癒しを求めているのかもしれない」と感じられ、神様にお祈りしました。

 

 

今まで言えなかった、「癒してください」という願い求め

ベイマックスといえば「心と体を守るケア・ロボット」。

つまり、<癒しの象徴>のようなもの。

 

唯一の肉親であり、唯一心を許せる存在だった兄タダシを失った事件は、14歳の少年ヒロにとっては、その後の人生に大きな影響を及ぼすほどのトラウマになりかねない出来事だったと思います。私の勝手な予測ですが(;^_^A

 

 

事実、ヒロはせっかく受かった大学に行くのをやめようとしていましたからね。

 

 

 

けれど、その「心の傷」をベイマックスが癒してくれた。

 

 

 

私は、<ベイマックスがヒロの心の傷を癒した>という部分に一番感銘と感動を覚えました。

 

 

 

「『ベイマックス』見てみたいな」と、前触れなく急に感動があって見た映画でしたが、神様が映画を通して、私の閉じていた心の扉をこじ開けてくださいました。

 

どういうことかというと、弱い自分から目を背け、心はボロボロなのに、弱さゆえに「傷ついている自分」を認めることから逃げていて、癒しを求めることができていなかったことに、気づかされたのです。

 

 

 

気づいたら、祈りの中で認めたら、もう抵抗することはできなくて。

 

 

「神様、私は適応障害だし、愛着障害があります。幼い頃、ちゃんと受けるべき愛を受けることが難しかったです。その時の傷がまだ残っていて、私の心には、子供の頃の私がそのままいます。

どうか、私が受けた愛の傷を癒してください

 

 

 

 

映画『ベイマックス』をきっかけに、

切実に、真実に、神様にそう祈るようになりました。

 

隠れていた私の心の本音

「癒してください」。

 

 

たった一言のその祈りが、神様と聖霊様の心に届いたのか。

自分の霊魂も何か反応したのか。

 

とにかく、ずっと押し殺していて、認められなかった私の心の本音が

次々と口を継いで出てきました。

 

 

 

 

ただ認めてほしかった。

 

何か特別にして欲しいわけではなかった。

 

何か、物が欲しかったわけではなかった。

 

ただ、一緒に喜んで欲しかった。

 

ただ、一緒に悲しんでほしかった。

 

ただ、自分の感情を共有して、わかってほしかった。

 

私の気持ち、私の笑顔、私の涙を、承めてほしかった。

 

 

ただ、私は愛されたかっただけなんだ。

 

 

 

 

これが、今の私の本音でした。

 

 

 

どれだけ自分が認めなくても、どれだけ自分が否定しても、どれだけ自分が逃げたとしても、

心に嘘はつけない。

 

 

 

私が求めているものは今も昔も変わらない、安心して愛を受け、与えることができる、愛の存在だっただと、認めて泣きながら神様に自分の気持ちを告げました。

 

 

 

祈ってすぐに心の傷が治っただけではないけれど、認められただけで少し気分が軽くなりました。

 

 

何より、これからすべきことが分かったことに感謝でした(*´ω`*)

 

 

これからの課題

トラウマは、すべての心の傷は、癒されなければずっとそこに残っている。

 

癒さない限り、ずっと痛みが伴う。

 

もちろん癒したとしても、傷跡は残るかもしれない。

 

けれどヒロみたいに、前に進めるなら。

 

 

自分を本当に愛し、命をかけてでも愛してくれる存在がそばにいてくれるなら。

 

立ち上がれる。

前に進める。

 

 

ヒロにとってはその存在がベイマックスだったけど、

 

私にとっては、その存在は<神様>。

 

ベイマックス以上に共にし、何でもできて、かっこよくて、私が生まれる前から私を愛して計画し、創造してくださった神様がいらっしゃるから。

 

神様に続けて「心の傷を癒してください」と切実に祈ろう。

 

 

 

ヒロみたいに笑える日が来るんだ。

 

 

 

安心して、誰かに自分を委ねられるように、きっとなれるんだ。

 

 

 

そして、自分の個性や才能を発揮して、生まれて、生きてきた甲斐を感じるようになるんだ。

 

 

 

信じる力で、小さくても一歩一歩、前へと進んでいきたいです。