古いものを葬って新しい世界に行くこと

闘病の経緯

こんにちは。
パンダ好きのこころです。

 

本当にパンダが好きなんです。癒しです。
あの丸っこさと愛らしさとのほほんとした雰囲気。
かつ、白黒はっきりしているスッキリ感。
最高です。

パンダを創造された神様に感謝の栄光をきしまくるくらいパンダが好きです。

 

そんなこんなで、家でもパンダのマグカップを使って毎朝癒しを受け
気合いを入れて出社していました。

 

しかし昨日
大切な大切なパンダが壊れました。
ずっとヒビは入ってたけど。
ついに。

悲しくて悲しくて悲しい。
パンダという希望を失った悲しみに胸が痛んだ。

と言いつつ、何かが吹っ切れたような、スッキリした感覚の方が本当は強い。

 

大切で大切で、「絶対にこれがなければ!」と思ってた。
無くなったらもう私の家での癒しタイムがなくなるくらいの勢いで握りしめていたけど
手離しても、思ってたほどのショックは来なかった。
手離してみたら、決してそんな怖いことではなかった。

 

これと同じくこうだ。

 

人生を生きる術、エネルギーとなっていた自分の信念。
「これがなければどうやって生きたらいいのか分からない」
手離した後どう生きたらいいのか分からなくてあまりにも不安で、死ぬことと同じくらい、自分の考えを折るのが嫌だった。

 

でもパンダとの別れを通して一つ感覚を持てた。

 

「なくても大丈夫なんだ。手離してもそんな絶望的なショックを受けるわけじゃないんだ」。

 

これと同じく。

今自分が頑なに握りしめている生き方なんて
捨ててしまえばいい。

 

もっと良い物をくださる神様だから。
安心して委ねて飛び込んで行けばいい。

 

そう言われている感じがした。

 

<古いもの>が好きで捨てられなかったら、<新しい時代の新しいもの>が来ても、得ることができない。
鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

さようならパンダ。
さようなら古い私。

 

こんにちは、新しいマグカップ。
こんにちは、新しい世界。

 

このように、自分の中でも新しい自分に出会い、新しい世界に行けますように…。

 

求める人にもっといいものを下さる神様だ。
鄭明析牧師の御言葉より抜粋

 

とりあえず応急処置で、大学院卒業する時に後輩ちゃんたちがくれたマグカップを使います。

気づけばパンダからワシへ、超グレードアップ。

でも神様、パンダは諦められない。
新しいパンダください。