休み方は研究するもの

闘病の経緯

こんちには(*^^)v

先週、「休み方がわからない」という記事を書きました。

反応いただき、親切にLINEくださったり、休み方について参考になるHPを送ってくださったり、人を通して神様の愛をとても感じました( ;∀;)感謝します。

で、結局休めたのかというと…結論としては、はい、できました(ノД`)・゜・。

ありがたい。

今回の大きな収穫としては、<自分を知ること>、そして<自分に合った休み方を研究>する必要があるということを学べたことです。

どういうことかというと、「自分にとって何が休むことなのか?」ということを発見する必要があるということです。

衝撃だったのは、おそらく大多数の人が考えるであろう「何もしない」「ゴロゴロする」「寝る」。

もしくは、YouTubeや映画等、好きな動画を見る。

このような行為は人によっては逆効果になる!ということ。

まーじーかー( ゚Д゚)

(思いっきり動画見たりゴロゴロするのがいいと思ってやっていた人)

なんでも、<今やっていることと逆のことをする>のがいいとか。

これまたどういうことかというと、例えば一生懸命勉強を頑張っていたら、料理するとか運動するとか、「脳の別の部分」を使うのがいいそうです。

もちろん動画を見るのが全然問題ないとか、ゴロゴロしたら疲れが取れる!って人は、それをしたらいいと思います。

私の場合、動画を見たり何もせずゴロゴロというのは、逆に疲れを感じてしまい、逆効果みたいでした(-_-;)

人も自分を愛する人には「言葉」を話す。言葉がその人の啓示だ。

誰かが話した。それが啓示だ。その人の啓示だ。啓示した。指示をした。話した。

神様は様々に啓示なさる。

心に与える啓示は、思い浮かばせ、感動を受けさせ、やろうとする気にならせる。機会を与えて教えてあげ、知識で判断するようにさせる。

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

先週は特に啓示の週だったので、神様が私に合った休み方を教えてくださるようにお祈りしました。

そしたら急に、パンを作りたくなりました。

「どうした自分w」と料理嫌いな自分にツッコミつつ、とにかく感動があったとおりに、レシピを探して、簡単に作れるパンを作りました。

めっちゃ楽しかった(´ω`*)

しかも聖霊様に祈ってから始めたからか、初めて作ったとは思ないくらいおいしいパンが焼けました(*^^)v

これがまず一つ目にしたこと。

二つ目は、運動です。

散歩は元々してたのですが、雨のためやる気がなく数日サボってたのがいけなかったみたいです(ノД`)・゜・。

これまたやってみてすっきり。

しかしここで終わらず。

体がとてもムズムズして、大好きなダンスをしたくなったんですよね。

マンション住まいのため、家では踊れないし、踊りたいものといえば讃美曲だけど、ダンスがないものが多いし自分でふり作るのは嫌なので断念してました。

そんな時、ふと昔大好きだったディズニーのイベントの曲が頭に流れてきました。

超~絶、ダンスがかっこいいやつ。

「あれ、不利覚えて踊りたいな」と思う一方で、「ディズニーだし…讃美じゃないから神様は喜ばれないかな…」という思いとで葛藤が生じ、どこかで「本当は踊りたいけどダメだ~」って、自分の本ねを押し殺していたことに気が付きました(-_-;)

まぁ、別に讃美じゃなくても全然OKなんですけどね(;^_^A

誰かに起こられるわけでもないです。

葛藤したものの、なんか疲れてどうでもよくなり、久しぶりに(上半身だけ)踊りました。


踊った曲とダンスは、この動画のオープニング。

超かっこよくないですか!?

何年も前のイベントだけど、最高に好きだったイベントの一つです。

踊ってみたら、めっちゃすっきり&楽しかった!!

やっぱ私はダンスが好きらしい。

休んでみてどうだったか

それまで一日中御言葉を読んだり、まとめたり、無理して祈ったり、勉強したりしていたのをやめて、一日パンを作ったり、踊ったり、散歩したりしたら(祈りはもちろん無理ない範囲でやりましたよ)、

かなり疲れてがとれて、前やっていたこと(御言葉読むとか勉強)がやりたくなりました( ;∀;)

いや、休みってめっちゃ大事。

生きるために必要じゃん。

という結論に至りました。

「当たり前やん」って思う方もいらっしゃると思います。

でも、この休むことが難しいのがHSPなのです。

「認めてほしい」とか「相手の期待に応えなきゃ!」って思ってしまい、

頑張り過ぎてしまうんですよね。

HSPの特徴の一つです。

一番怖いことが、自分の認識です。

自分が自分の間違った考えで自分の行く手を阻むのです。他の人がするのではありません。自分の考えが、そういうふうにしてしまいます。自分に知恵があれば、行く道を行くことができます。

自分の精神、自分の心、考えを研究しなければなりません。この考えが正しいのか。考えが、若い時に間違えたまま、そのまま直せないまま一生が終わる人たち、70 %、80 %です。本当に難しいことです。

さっきまで何ともなかった車が、途中で気を引き締めなかった。100分の1にもならない瞬間、時速50 km、時速70 kmで走ったら、100分の1秒だけでも間違えたら、20 m、30 m下の所で転がります。そうしたら、その場で死んでしまいます。気を引き締めなかったからです。精神を引き締めなかったから。自分の運命を自分が左右するのです

鄭明析牧師の御言葉より抜粋

自分を研究すること、自分自身について理解すること。

わかっているようでわかっていない。一番近くにいるのに、一番見えにくい自分。

自分を否定するのではなくて、本当にありのままの本音の自分と向き合って、理解してあげないといけないんだなと、反省しました。

自分の「好き」を大切にできるように。

自分の疲労信号もちゃんとわかって拾ってあげられるように。

今回学んだことを活かして、自己管理をしっかりできる人になりたいものです。

この記事を書いた人
こころ

2015年8月に適応障害の診断を受け、2019年2月から1年1か月休職し退職。今は障がい者雇用枠で働いています⭐︎
自分の心理を分析しながら、心の傷を癒していっています(^^)
キリスト教福音宣教会会員として神様の愛を学びながら、自分と他人を愛せるように頑張っています☆
ディズニー大好きで、特にベイマックスが大好き!(●ー●)
ディズニーのアトラクションは、ベイマックスのハッピーライドが1番好きです!
(詳細については↑の「”こころ”」をクリック☆)

こころをフォローする
闘病の経緯
シェアする
こころをフォローする
キリスト教福音宣教会(CGM)会員の日常生活~こころの心理(こころ)~