映画『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle Final-』と私の夢

闘病の経緯

2025年2月21日に公開されてから再上映を何度も繰り返し、1周年記念で全国で再々上映、特典第16弾配布決定、興行収入26億円を突破した大ヒット映画『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle Final-』(以下「ヒプムビ」)。

映画『ヒプノシスマイク』が最高だった」や「没入感がすごい!映画『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』展レポート」などで抱えきれない感情を吐露してきましたが、2026年5月13日(水)ついにBlue-ray発売開始!ということで、改めてまだ書いていなかったクソデカ感情を吐かせてください。
※映画のラストシーンのネタバレ有なのでお気をつけください。

自分で上記二つの記事を読み直して「あ、これ今まで書いてなかったんだ!?」と自分でも驚いた大切なことがあります。

ヒプムビを初めて見たとき、全部よかったのですが特に号泣したシーンがありました。

インタラクティブ映画なのでどのチームが勝つかはその回によって異なりますが、優勝チームが1曲披露した後にリーダーが話すシーンがあります(この演出は共通です)。

その台詞が最高にアーメンなのです。

台詞自体はうろ覚えで正確ではないのですが、「言葉は人を傷つける武器になる。けど、それ以上に人を励ますこと、癒やすこと、勇気づけることもできるんだ」というような話をします。

10回以上見に行くたびにこの「言葉の力」についての台詞が毎回心に刺さり、泣きそうになります。

初めて見た時はここで号泣しました。

私もずっと思ってきたことだったので、「分かる~~~~」と共感MAXなのです。

自分も他人の言葉で傷つき、逆に自分も傷つけた経験があるからこそ「それな」としか言えません。

「言葉は刃」と山田一郎もラップしていますが、まさにその通りだと思います。

目に見えないだけで、誰かの言葉によってつけられた傷が誰しも心にあると思います。

心を視覚化できるのであれば、傷がたくさんある人が多いのではないでしょうか。

たった一言の言葉がその先一生の傷になりトラウマになり、自分を苦しめる呪いになる場合もあります。

逆に、たった一言の言葉で救われることもあります。

まさに諸刃の剣です。

聖書でも言葉(ここでは神様の御言葉のことですが)を剣にたとえています。

また、救のかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。
エペソ人への手紙 6:17

私は言葉が持つ力に元々興味がありましたし、神様の御言葉が書かれている聖書を学び始めてからは、より一層言葉の力について考えが深くなりました。

神様は御言葉でいつも助けてくださるので、言葉の力すげええええうおおおとなるしかありません。

先述した通り、1時間の説教の中のたった一言、ちょろっと出てきた言葉で問題が解けることも、沈んでいた心が生き返ることもたくさんあります。

イエス様も言葉で人を癒やすことも裁くこともなさいました。

イエスは、またガリラヤのカナに行かれた。そこは、かつて水をぶどう酒にかえられた所である。ところが、病気をしているむすこを持つある役人がカペナウムにいた。 この人が、ユダヤからガリラヤにイエスのきておられることを聞き、みもとにきて、カペナウムに下って、彼の子をなおしていただきたいと、願った。その子が死にかかっていたからである。 そこで、イエスは彼に言われた、「あなたがたは、しるしと奇跡とを見ない限り、決して信じないだろう」。 この役人はイエスに言った、「主よ、どうぞ、子供が死なないうちにきて下さい」。 イエスは彼に言われた、「お帰りなさい。あなたのむすこは助かるのだ」。彼は自分に言われたイエスの言葉を信じて帰って行った。 その下って行く途中、僕たちが彼に出会い、その子が助かったことを告げた。
ヨハネによる福音書 4:46-51

さて、ユダヤ人の過越の祭が近づいたので、イエスはエルサレムに上られた。 そして牛、羊、はとを売る者や両替する者などが宮の庭にすわり込んでいるのをごらんになって、 なわでむちを造り、羊も牛もみな宮から追いだし、両替人の金を散らし、その台をひっくりかえし、 はとを売る人々には「これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな」と言われた。
ヨハネによる福音書 2:13-16

ヒプムビのラストでリーダーたちが言う台詞は、まさに真理だと思います。

だから心に響いて感動するのでしょう。

人を傷つけることも力づけることもできる、言葉が持つ可能性…その可能性をよい方に使いたいと、言葉の力で解決する平和な世界を望むキャラクターたちの姿が希望的でしたし共感MAXでした。

優勝したリーダーが真理を叫んだ後、エンディングで流れる”MIC AS ONE”という曲の歌詞がこれまた泣けます。

私は初めてヒプムビを見たとき、この曲でも号泣しました。

最初から最後まで本当に歌詞が全部よいのですが、特にサビの歌詞に毎回泣かされます。

誰もが声を奪わない
そんな惑星(ほし)へ行って
誰かのため韻踏みたい
そんな故郷(くに)へ夢見て
止め処ないその
夢とも欲ともいえないけど
その言葉が世界を救うと
声と声
壁越えて
分かち合うと
詠い繋いでamplified
引用元:https://www.uta-net.com/song/374695/

※”amplified”は増幅された、拡大されたという意味

「誰もが声を奪わない」は誤解を招きそうな表現ですが、ヘイトスピーチやその類は含まれないと思っています(個人の見解です)。

「誰かのため韻踏みたい」は、ラップがテーマのコンテンツなので「韻踏みたい」という表現をしているのであって、つまりは言葉を誰かのために使いたい、他の人の笑顔のためにラップをしたいという意味合いだと思います(これも個人の見解です)。

うまく伝えられなくてもどかしいですが、武力による争いや力で抑えつけられる世界ではない、誰もが言葉で解決する世界、互いの話に耳を傾けるような平和な世界を願う気持ちを感じて、私は「誰もが声を奪わない そんな惑星(ほし)へ行って」という歌詞にとても感動しました。

私は特に幼少期、自分の意見や意志は大切にされてこなくて、むしろ自分の意見や意志を示すと抑えつけられ否定される環境で育ったため「声を奪わない」人たちがいる世界、いいなぁと思ったのだと思います。

「誰かのため韻踏みたい」は、「どうせ言葉を使うなら、人を生かすため、励ますために使いたい。人を傷つけたくない」という忘れていた自分の願いを思い出させてくれる言葉でした。

人間は意図せずとも他者を傷つける言葉を言ってしまう生き物です。

人によって地雷も傷つくポイントも違いますし、分からないので傷つけるつもりがなくても人を傷つけることはたくさんあります。

不可能だと論理的には理解していても、それでも一言でも多く人を傷つけない言葉や表現を使いたい。」

それが私の願いでした。

実際には無理だとわかっています。

意図的であろうがなかろうが、私の発言で傷ついた人がたくさんいるのもわかっています。

現実を見れば見るほど自然とその願いが薄れていって、いつの間にか忘れていました。

忘れたことすら、ヒプムビを見るまでは気づきませんでした。

「ヒプノシスマイク」という作品と出会って、改めて自分がどのような言葉を発して生きていくべきなのか、言葉をどう使っていくべきなのか考えさせられました。

不可能だとしても、人を励ます言葉、癒やす言葉や表現を使う努力、傷つけない努力はこれからもしていきたい。」

忘れていた自分の夢といいますか、理想像を思い出させてくれました。

ありがとうヒプノシスマイク。

これからも世話になるぜヒプノシスマイク。

作品の一通りの流れをふまえてこの曲を聞けば聞くほど、一人ひとりのソロの部分も泣けるので、気になった方はぜひドラマトラック(ストーリー本編)も併せて聞いてみてください!

長くなりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました☆ミ

タイトルとURLをコピーしました